2008年 12月 15日

益川敏英さんと下村脩さんはノーベル平和賞もんだ

今年のノーベル物理学賞を授賞した益川敏英さんの人気が高い。
もともと、私の学生時代の麻雀仲間が数人いた京都産業大学、
そこの名誉教授というところにひいき目を感じていた。

研究されているテーマが、物理学音痴の私も関心がある
万物の根元に関係するクォークについてだったので
その受賞に際しては 笑止千万ながら ブログ記事を書いた

その益川さんが

「わしゃ英語なんて話せない!」 

と言った。これには実は謙遜も含まれているように思う。
確かに第二外国語であったドイツ語は学生時代に0点を連発されたようだ。

しかし、ミススペリングだらけだという話もあるけれども英語での論文も
自身で書いておられるようだ。

ノーベル賞の受賞が決まった時から
「南部先生の功績が認められたのは嬉しいけど
私はぜーんぜん嬉しくないねぇ」
と言ってはばからなかった時から、
その強いキャラクターが人気を得た。

12月8日にストックホルム大学で行なわれた授賞記念講演
である 「ノーベルレクチャー」では
「わしゃ英語なんてしゃべれないから」
という宣言通り、英語字幕付での日本語の講演をはじめた。

益川さんのお話に、聴衆が聞き入っているのがわかった。
あたり前の話だが、英語は話せた方がいいに決まっているが、
どの言語で話すかということよりも、何を話すかが大事に決まっている。

益川さんは、自分の少年時代の生い立ちから話し始めた。
戦争の悲惨さを訴えた。
空襲で家の周囲が焼け、自宅にも爆弾が落ちたが、
それがたまたま不発弾だったという。
母親にリヤカーに乗せられ、命からがら逃げ出した体験を語った。


そしてノーベル化学賞を授賞した下村脩さんも、
80歳の割にびっくりする長身(182センチだそうだ)で現れ、
講演の冒頭で暗転された会場でクラゲの光を見せた後、
原爆で廃墟となった長崎の写真をスクリーンに映し、
16歳当時に長崎市街から15㎞離れた工場で働いているときの
閃光と爆風を感じた体験を語られた。

ノーベル賞創設時の重要なテーマは平和であった。

科学万能といわれるが、100年前の科学は迷信に近いものさえある。
5年前の科学でも怪しいものはたくさんあり、最新の科学も絶対はない。
使用法を誤った使われ方もたくさんある。

益川さんと下村さんがあえてノーベル賞の記念講演という場で
戦争の悲惨さを訴えられたのは、
科学もまた、人間を幸せにするもの、豊かにするもの、
深めてくれるものにして欲しいというメッセージを感じた。

これこそノーベル平和賞ものだと感じた次第だ。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2008-12-15 01:20 | 草評


<< ザ・パンチの泣き(ボヤキ)ツッ...      超訳徒然草・吉田くんのブログ(... >>