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2009年 01月 11日

 「荒ぶる」 と 幻の歌 「ア・ラ・ブル」

ラグビーの大学選手権で早稲田大学が明治大学との激戦を制して
優勝した年ということだけを記憶しているので、
果たしてそれが1974年のことだったか、1976年のことなのか、
どちらか分からないままに書く。

当時、中学生頃の私はNHKの中継を見ていて
試合後に早稲田の学生たちが
「荒ぶる」
という歌を斉唱した時に早稲田OBの解説者が激怒し、

「荒ぶる は日本一になった時だけに歌うのが許されるのであって、1月15日の
社会人代表チームとの激戦を控えた今の時期に歌うのはふさわしくないと
だけ言っておく」


という辛口コメントを残したのを記憶している。

若くないラグビーファンの方はご存じのように、
10年以上前までは成人式の日
(今はハッピー・マンデーで日付は毎年変わるがかつての1月15日)
に大学選手権と社会人選手権をそれぞれ制覇したチームが
激突して勝った方が 「日本一」 ということになっていた。

また、その中継をみていた当時の私は中学生だったと思うのだが、
(ということは1974年ではなく、ほぼ1976年のことだろうか・・・)
「あらぶる」 と発音されたその言葉が日本語だとは思えず、
「ア・ラ・ブル」 というおフランス語だと思っていた。

中学生頃の分際でおフランス語に堪能だったわけでなく、
ヴィクトル・ユーゴーの 『ああ無情』 の原題の 『レ・ミゼラブル』 の
語感に近いものだけを連想したからだ。
(ということはわかんなくなって来たぞ・・・小学校の卒業前に
演劇でレ・ミゼラブルのナレーターをしたのだ)
あと 「ア・ラ・カルト」 という言葉は意味もよく知らないまま
なじんでいた。

ともかく、それから長い間、「荒ぶる」 という歌を聴かなかったので
(ということはほぼ1976年の出来事にほぼ決定だな)
「荒ぶる」 は 「ア・ラブル」 というおフランスを起源とながら
なぜか早稲田大学のラグビー部が日本一になった時に歌う
歌だとずっと思ってきた。
実は親戚筋にラグビー界の重鎮がいたので、
フランスがラグビー大国であるということはかなり昔から知っていたのだ。
その知識があだとなって、「荒ぶる」 を 「ア・ラ・ブル」 としてきた。

ともかく、なぜこんなことを覚えているかといえば、
「日本一にならなければ歌えないような歌がある」
ということへの驚きだった。
「歌ってはいけない歌」 ということで
筒井康隆の「熊の木本線」という短編の世界のような
ことを連想したのだった。

京都大学のボート部の歌である 「琵琶湖周航の歌」 が
加藤登紀子などによって大衆の歌となり、
多くの人に歌われるということと
対極の世界のように思えた。

10年以上を経て、 「ア・ラ・ブル」 が 実は 「荒ぶる」 という
大和言葉であることを知った。
その時にまた、自分の勘違いを笑うとともに別な感動があった。

気性が悪い競走馬ほどよく走るということが言われる。
サンデーサイレンスのたくさんの子どもたちの多くは
ダビスタという競馬ゲームとは違って相当に気性が激しかったそうだ。
そして、そのダビスタの知識で語ってはなんだが、ナスルーラの血が
混じった馬などはツボにはまれば恐るべき潜在能力を発揮する。
ただし、気性が悪さを促進力に変えてコントロールする騎手の腕、
ブリンカーなどの用具、そして馬自体の経験などが必要だ。

闘争心のないスポーツ、特に闘争心のないラグビーなどつまらない。
しかし、その荒ぶる心をあのコントロールしがたい楕円形ボールとともに、
集団のなかの個と、その個が集合体となりながらコントロールをしていくのが
ラグビーではないだろうか。
かなりの無理をしながらコントロールもしていく。
制御不能なものを無理をして制御していく迫力が
ラグビーの醍醐味だ。

私の学生時代のラグビー界は、社会人は新日鉄釜石の黄金期であり、
大学は同志社大学の黄金期だった。

平尾や大八木という当時の同志社ラグビーの基幹を支えた
伏見工業高校出身の選手たちは私と同じ年齢であった。

全盛期の新日鉄釜石という最強のオヤジたちの集団に
泣きながらタックルしてははじき飛ばされる大八木や、
「どうすれば勝てるのか」 をじっと考えこみながら
思い詰めたような顔をしてプレーをしていた
ような平尾の表情は今もどこかに残っている。

それは、したたかな大人たちとやりあっていかねばならない
これからを予感させ、その暗示したものに近い状況になった際に
思い浮かぶ原風景のようなものになった。

今、45歳の大八木を 「太極拳をやってみよう」 とか
「地酒を満喫、湯巡りの旅」 という趣旨のテレビ番組で
見かけても、その原風景を見せてくれたかつての恩があるので、
おおむね好意的に見ている。

10年以上前の国立競技場のスタンドは、成人式を終えたばかりの着物姿の
女性たちも大勢いて目立った。
あらゆるスポーツで、これほど正装のレディたちが観戦するイベントも
なかっただろうと思う。

「連休をつくってなるべく消費を拡大する」 の都合で1月15日は必ずしも
成人の日ではなくなった。 
成人となるお祝いをする日も、記念日ではなく都合で変わるようになったのだ。

社会人と大学との力の差がありすぎて、
それぞれの選手権の制覇チーム同士が激突するというシステムも
なくなった。

元に戻すことは難しいが、かつての1月15日のラグビー決戦は
オヤジたちの強さとしたたかさとそれに勝つことの難しさを教えてくれた。
そしてかつての慶応大学のように、それを実現することもある感動を教えてくれた。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-01-11 05:59 | 草評


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