2009年 02月 14日

草仏教経済学(2) サブプライムローン

バレンタインデーであるが、チョコレートではなくてビスケットの話をしたい。



テレビで堀紘一という人がサブプライムローンを
ミンチ肉にたとえて解説をしていた。
不良債権もまっとうなものも合挽き肉と化した
一つの金融商品として世界中にばらまいたという仕組だ。

私は経済については素人同然であるが、「たとえ話」 「譬喩」(ひゆ) に関しては
学生時代からずっと探究している。
居眠りをしている時でも 「たとえば」 とか 「たとえるなら」
という言葉を聞くと耳が立ってしまう。

堀氏がサブプライムローンをミンチ肉にたとえたことは
たとえ話の切り口としては非常によくできていると感じた。
しかし、「たとえとして何かもう一つもの足りない」 というものを
同時に感じたことも事実である。

ミンチ肉よりもビスケットにたとえた方が、サブプライムローンの本質に
迫れるのではないかと思うようになった。


まどみちお(1909年11月16日生まれの現在99歳) という
「ぞうさん」 や 「やぎさんゆうびん」 という歌の作詞で知られる
作家の 1954年発表作品である 「不思議なポケット」 という歌の詩が、
サブプライムローンの問題の本質を予言していたのではないだろうか。

「不思議なポケット」 のなかには ビスケットが入っている。
ビスケットというものは実体経済の象徴だと思って欲しい。
確かに 「ビスケットの分配、保有、備蓄、管理」 というのも実体経済の
なかの大事な仕事だ。

たいへん大まかにいって
共産主義はこのビスケットを配分することに主眼を置き、
資本主義はこのビスケットのサイズとバリエーションを増やすことに
主眼を置いてきた。

今世紀に入ってから、金融は 「不思議なポケット」 の存在に目をつけた。
ポケットのなかにあるビスケットを叩くと数が増えるということを喧伝(けんでん)
したのである。

経済学者はそれを理論化し、金融の顧問弁護士はチームを組んだ。

ポケットのなかのビスケットを叩くことは、マーヒー加藤も5歳ぐらいの頃に
実践をしたことがある。
「不思議なポケット」 の発表が1954年だとわかったので、
それから約10数年後の出来事だと判明し、時代考証もバッチリだ。
「枚数」 という概念においては、確かにビスケットの数は増えていたことを
すでに40年近く前に実証している。

アメリカの大手証券会社を中心にビスケットの入ったポケットを叩きまくった。
ビスケットの種類は住宅ローンなどが中心だったが、いろいろなビスケットに
紛れて粉々になった。

いいビスケットを作ることよりも
ポケットを叩きまくることが肝腎だと思う人々が街にあふれ、
みんながポケットを叩きまくっていた。

ムーディーズ (何だかムードで評定していそうだなぁ) とか
スタンダード&プアーズ (リッチは?というような名前だなぁ) とかの
格付け会社は、ポケットからこぼれ落ちたビスケットの破片のなかの
質のいいものだけを見せられたので、
「このビスケットなら AAA でいいんじゃない?」 
とムードで3Aを与えた。

実際は (これ野球の格付けね) 
MLBに対するAAA(3A・マイナーリーグ) どころか、
リトルリーグのようなものさえポケットの中には
いっぱい詰まっていたのだ。

今、世界の経済は粉々のビスケットである。
空っぽになった不思議なポケットを叩きつづけ、
空しい音とホコリだけが飛び交う。

住宅という実体がビスケットだとすると、
複雑に金融商品化された住宅ローンがポケットである。

住宅(ホーム)が増えてホームレスがあふれている。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-02-14 00:29 | 草評


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