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2009年 03月 14日

ジョージア・オン・マイ・マインド (GEORGIA ON MY MIND) の研究 (1)

まず、邦題では 「我が心のジョージア」 という楽曲を作ったのは、
 スターダスト (これも好きな曲なんだなぁ) と同じく
ホーギー・カーマイケル(Hoagy Carmichael) で1930年に出来ている。
俳優としてもけっこういろんな映画に出ているみたいで、
『カサブランカ』 でもピアノを弾いているのはこの人だそうだ。
1899年生まれで、JAZZの巨匠デューク・エリントンと同じ年である。






ホーギー・カーマイケルはインディアナ州ブルーミントンの出身で、
「我が心のジョージア」 の作詞者のスチュアート・ゴーレルとともに
ジョージア州の出身ではない。

これは、たとえば 「故郷に帰りたい」 (カントリー・ロード) を自作して
歌っていたジョン・デンバーが、てっきりウエスト・バージニア出身だと
思っていたら、ニューメキシコ州出身で一度もウエスト・バージニアには
行ったことがないという話も聞いたことがあるので、あまり驚かない。

ジェロの 「海雪」 の作詞者の秋元康も、歌詞に 「出雲崎」 などの情景が
歌い込まれているので、けっこう新潟通だと思っていたら、この前NHKを見て
いたら、出雲崎を訪れたのは、そのNHKの番組のために 「初めて来た」 
ということをカミングアウトしていた。

そういうものかもしれない。
「ご当地ソング」 というのものは、あまり思い入れが強すぎると普遍性の
ようなものが欠けてくるのかもしれない。

逆のパターンで、マイナーな楽曲になるが、マーヒーは 吉川団十郎 の 「ああ宮城県」 と
いう歌が大好きなのだ。(カラオケにはあるのに、吉川盤音源が手に入らない)
吉川団十郎は宮城県出身なのだが、私には宮城県への思い入れが強くないぶん、
かえってドドンパのリズムでポップに歌われる牧歌的風景への普遍性をかえって
愛せるのかもしれない。

1960年に GEORGIA ON MY MIND は レイ・チャールズ によって30年ぶりの
大リバイバルヒットとなる。ご存じ、R&Bの巨匠であるレイ・チャールズは、
これはまぎれもなくジョージア州の出身であった。

レイ・チャールズは、子どもの頃から、GEORGIA ON MY MIND という曲が
大好きで、よく歌っていたそうだ。
平井堅が126年前の 「大きな古時計」 をカヴァーした感じだろうか。

オリジナル歌詞の GEORGIA は、もともと地名ともとれるし、女性の名前ともとれる
ダブル・ミーニング(二重の意味)が含まれていたのだろうが、レイ・チャールズが
カヴァーすることによって、地名の意味合いがいっそう濃くなったといえる。
実際に、GEORGIA ON MY MIND は1979年にジョージア州の州歌となって
いる。

GEORGIA ON MY MIND には、前歌(Verse) というものが付いていたのだが、
レイ・チャールズは前歌の代わりに、印象的なイントロを付けて1960年に発表した。

このレイ・チャールズ盤が全世界でヒットして、いつの間にか 「前歌付」 という
バージョンはほとんどなくなってしまった。

たとえば、同じホーギー・カーマイケル作品でも 「スターダスト」 の方は、
前歌付バージョンと前歌なしバージョンは、カヴァーするミュージシャンの選択で、
調べたわけではないけれども、ちょうど半々ぐらいではないだろうか。
カントリーの大御所のウィリー・ネルソンの 「スターダスト」 は前歌の代わりに
ギターのイントロを奏で、美空ひばりなんかは忠実に前歌を再現している。
以前にも紹介させてもらったが、現在、美空ひばり公式ウェブサイトを開くと
聞こえてくる美空ひばりの歌声は、その「スターダスト」の前歌部分なのだ。

というわけで、GEORGIA ON MY MIND をカヴァーするミュージシャンは
かなりいるにしても、1930年のホーギー・カーマイケルのカヴァーをするわけではなく、
1960年のレイ・チャールズのカヴァーをするわけだから、前歌の代わりに
独自のイントロを付けるのが圧倒的な主流となった。

GEORGIA ON MY MIND の曲の流れには、独自のイントロや間奏をつけたくなる。

しかし、思うに、たぶん日本では、前歌付のジョージアの録音は皆無に近いのかも
しれない。

というわけで、マーヒー加藤は前歌付バージョンを録音してみた。

マーヒー加藤



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by kaneniwa | 2009-03-14 23:50 | 草評


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