2009年 05月 15日

コッヘル28番 家庭で食べるチキンカレー

b0061413_461327.jpg 上手くいかなくても、ヘタクソであっても、懸命に悪戦苦闘をしている人をあざ笑ってはいけない。その人というのが、たとえ過去の自分であったとしても。 学生時代から自炊のエースであったカレーライスに凝りに凝ったことがある。数日籠もって勉強をしようとカレーを作り貯めするのだが、いつの間にか手段と目的は反転し、そのカレー作りに精魂尽き果てるまで凝ったのだ。今思えば、滑稽(こっけい)ですらあるのだが、スパイス類について中途半端な知識しかなく、その知識自体もどっから持って帰ってきたウケウリなのかハッキリしない怪しげなもののまま、自己流のカレーを作ってみては 「うーん、クミンシードが多すぎかなぁ」 (今の視点から見る過去の自分であってもあざ笑ってはいけない) などと極めて根拠の薄い感想を、その時の稚拙な確信のもとに独りで反省するのだった。まるで無免許のヘタクソ漢方医である。たとえ何かの偶然で画期的なスパイス調合を完成させていたとしても、それは二度と再現できないものであっただろう。 これは今の自分の視点から見れば、その時のカレーをインドやスリランカからの留学生に試食してもらおうという考えなどまったく持っていなかったので、つまりは自信や確信のない自己満足のスパイス・ワールドに迷い込んでいたのである。その時のカレー作りは、プロ用の音楽のミキシング機材をいじらせてもらった時の経験が似ている。「低音をもうちょっと持ち上げてみようかなぁ」などと、これもどこからもってきた知識からか装置をいじって 「いいぞ、いいぞ」 と言っているうちに特に全体のバランスという意味ではどこがどうなっているのかわかんなくなり、良く言えば個性的であるが、悪く言えば珍妙な音源が出来上がる。 カレーに関して、そういう人生を送ってきた。

b0061413_463851.jpg 話は変わってカレーの国からの留学生が来日したばかりの時に学食のカレーライスを食べて 「これは美味しいものですね、何という料理でしょうか?」 と言ったという伝説がある。 いろんな種類のカレーもスパイスセットや缶詰やレトルトが出まわっている今、スパイスを変えるのではなく気分の方を変えている。つまり、市販の固形のカレールーをそのまま使う。ここに加えるとしたらせいぜいニンニクかショウガをすり下ろしたもの。 (うちではチキンカレーが主流) そしてインドからの留学生になった気分で 「これは美味しいものですね」 と食べてみる。実際に市販の固形カレールーは定番商品もマイナーチェンジがくり返されておりその実力は音楽にたとえるならば小型スピーカー用にきめ細かくチューニングされた音源のように大したものだ。(大型スピーカーにたとえられるのがインド料理店のカレー) そして、そういう家庭のカレーをコッヘルに盛ってみたら、さらに気分の方がチェンジされた。かなり高級なインド料理店でもコッヘル的な器でカレーが出てくることがあるので元々カレーにコッヘルは似合うと思うのだが、これは文句なく、キャンプで食べるカレーを連想させてくれた。お正月のおせちに飽きた時のカレーもそうだが、キャンプで求められるカレーはインド料理店のカレーではない。そのウキウキキャンプ気分でさらに美味しい! ついでに言えば、ダッチオーブンで炒めたタマネギは実に美味しい。インド料理のタンドリー(石釜)チキンなんかもダッチオーブンを使えばいい感じにできる。どうもカレーに加えるテイストの根本が変わってきた人生だ。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-05-15 05:08 | 草外道


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