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2009年 05月 21日

息子と将棋日記(4) 大激戦

というわけで
羽生名人監修の将棋の本を熟読し、
おじいちゃんからの指導を仰いだ息子(7歳)が、
おじいちゃんから譲り受けた将棋盤
(昔、少年マーヒーが棋譜を覚えるために隅に漢数字とアラビア数字を
鉛筆で書き込んだらものすごく怒られた立派な足つき将棋盤)
に駒を並べ、決闘を申し込んできた。

おじいちゃんの将棋盤は、実にいい音がする。
駒はそんなにいい駒ではないが、いちおう木製であった。
パチンパチンと音がして、将棋を指すというより打つという
表現が似合った。
指パッチン・・・は関係ないか。
よくこんないい将棋盤をもらっちゃったものだ。

勝負は、つい10日前に父・マーヒーが楽勝した
飛車と角を抜いて、それをさらに相手である息子に渡すという
ルールで行なった。

このハンデは10日前とまったく違って大きかった。

10日前の息子は常に飛車コンシャスであり、有名な川柳の
「ヘボ将棋 王より飛車を可愛がり」 
の世界そのまんまだった。
だから、相手に2枚の飛車があっても、その動きにさえ気をつければ、
息子の考えていることなどは手をとるように読めた。

それがどうだろう、攻撃では飛車コンシャスは依然として基盤であるものの、
生意気なことに 「棒銀戦術」 を駆使して攻めてきた。
10日前の振り回すだけの飛車攻撃は全然怖くなかったが、
歩と銀とのコンビネーションに飛車の睨みを効かされると
脅威の攻撃だった。
しかも、今回はディフェンスにも意識の進化があり、
これまた船囲いのバリエーションで守備も固めてきた。
やっぱりゲームというものは、何でも最初はオフェンシヴ(攻撃的)なものから
その魅力にとりつかれることが多いが、上達に従ってデフェンスに目覚める。
その目覚めは息子に早くもやってきたようだ。
息子は乗り物の 「船」 が好きなので、羽生先生が本で紹介する
王の囲い方のバリエーションのなかで、特に船囲いという戦法が
気に入ったらしいことは、息子が小学校に行っている間にこっそり読んだ
羽生先生の本に、そのページだけ折り目がついていることで、
何となく察していた。
実際に、守備もその陣形で組まれると、やはりこういう型には
定石が定石である意味があり、
少ない手駒でこれを崩していくのは難しいことだった。

思いもよらぬ激戦となり、時計は午後10時をまわり、10時30分をまわった。
激戦の中盤以降から、長考をするのは息子よりも父・マーヒーの方になった。
息子の猛攻に王将はたまらず陣地を飛び出し、逃げながらの逆襲の手筋を
大人げなく必死に探った。

シャラポア(息子の母・日本人)は、 「いいかげんに寝なさい」 と言いたげなのだが、
キラキラ光る息子の目がそれを許さない。

投了図である。

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ハンデ戦ながら、父・マーヒーは全力を尽くして負けた。
息子は、ため息のようなものとともに 「ふぉ、やったぁ」 とつぶやき、
急いで歯を磨いて寝床に入った。

「やったんだよ、ボクはやったんだ」
と言いながら、すぐにそれは寝顔になった。

きっと、まぶたの裏には、詰みの決め手となった 

(飛車が相手陣地に入って成る、飛車が裏返っての進化)
の真っ赤な文字が焼き付いているのだろう。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-05-21 00:58 | 雑草


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