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2009年 06月 18日

草仏教経済学(10) エディー・バウアー

b0061413_149633.jpg アメリカ合衆国のカジュアル衣料のエディー・バウアーが、日本でいうところの民事再生法に相当する連邦破産法の適用をデラウェア州の連邦破産裁判所に申請したと発表した。エディー・バウアーは保有資産を投資会社CCMPキャピタル・アドバイザーズに売却することで合意したことを明らかにしており、CCMPの下で営業は継続される。 GMのような巨大自動車産業ではなく衣料メーカーのことであるから規模は違うが、GMの車は身近なところでは霊柩車の改造ベース車としてしか馴染みがないものの、エディー・バウアーの方は有名なダウンジャケットこそ持ってはないけれども馴染みがある。 ちなみにエディー・バウアーのことを 雁印 と呼ばせてもらっている。 (ハンチングワールドは象印) さらにうちでは雁印の衣料は 「よそ行きの普段着」 という重要な位置づけにある。 象印の方も 「よそ行きの普段着」 なのであるが、着ていく 「よそ」 は高額のアフリカツアーとかゴルフ場のクラブハウスでないと似合わない気がする。キャンプ場に象印は 「何か違うんだよな」 という感じがする。 そもそも象印が似合う人というのも 開高健とか、野茂英雄とか、三浦和義とか、(この3人の日本人のジャンル、見事に異なるなぁ)そういう人でないと似合わない気がする。まあ、三浦和義さんにはとても似ていると言われたことがあるのだけれども。 さて、雁印の方はカジュアル衣料のなかでもまさに 「よそ行きの普段着」 であり、その 「よそ」 を選ばない良さがある。 昨年の夏、ずっと気に入っている 雁印のポロシャツ (ポロシャツというのが、まさによそ行きの普段着ですわ) をもう一着、同じものが欲しいと思ってエディー・バウアーのお店に行ったところ、どうも同じコットン100%のポロシャツの肌触りがまるで違った。衣料である限りはモデルチェンジというものは必ずあるので、それはいいのだが、好ましい肌触りのチェンジとは思えなかったので何も買わなかった。帰ってからそのことをシャラポア(妻・日本人)に話すと、「以前のエディー・バウアーはキャンプ場などの緑のなかに溶け込む素晴らしい配色や質感だったのに、どうも最近は違う」 と言った。 けっこう鋭い意見のように思えた。 再生が期待されるエディー・バウアーには 「よそ行きの普段着」 という視点と 「自然のなかにも溶け込める」 ということの再生を期待したい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-06-18 14:50 | 草評


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