2009年 09月 24日

草仏教経済学(10) 八ッ場(やんば)ダムとSSAWS(ザウス)

八ッ場(やんば)ダムの工事の原点は、
今朝の 『毎日小学生新聞』
(ものごとの原点に重きをおいての報道姿勢が一貫しているので
最近、もっとも頼りにしているニュース・ソースである)
によれば、1950年に日本の近くを通った台風によって
利根川と荒川で堤防が決壊(けっかい)したことによる洪水が
八ッ場(やんば)ダム建設計画の原点であるという。

※ ただし、『毎日小学生新聞』 を講読している親が読むための
  新聞である『毎日新聞』の方では前原大臣の言い分としての
  間接的な記述であるが1947年のカスリーン台風が引き起した
  洪水がきっかけであると報道されている。
  食い違いがあるか、もしくは事実が複合的なのか。
  ただ、こういう場合、なぜか最近は 『毎日小学生新聞』 の方を
  優先するようになってしまった。
  他の多くの報道も1947年のカスリーンが原点としているが、
  そういう場合でも(今回の場合はどうかわからないが)
  『毎日小学生新聞』 の方がおおむね正確だったことが
  多かったからだ。


今までに利根川と利根川の支流に八つのダムができている。

その後の高度成長時代に首都圏の人口が激増し、
夏場には水不足も起きていたために水道用の水を貯め、
放流で発電もできる多目的ダムとして構想されていたのが
八ッ場(やんば)ダムである。




治水という政治の基本と、競技もあるが基本がレジャーであるスキー場を
同列に語っては語弊(ごへい)もあるかもしれないが、
今、髭男爵の山田ルイ53世のごとく 「事情が変った」 とつぶやきつつ、
1993年7月15日から2002年9月30日まで営業されていた
SSAWS(ザウス)という、当時世界最大の屋内スキー施設を意識的に連想してみた。

SSAWSは、"Spring Summer Autumn Winter in Snow"の略であり、
経営は船橋ヘルスセンターと同じ ららぽーと 。

今になってわかることだが、日本の経済から見たスキーブームのピークは1992年であった。
(確かにこの年の週末の関越道の渋滞はすごいものだった)

屋内スキー場としては初めてリフトが付いた施設であった。
当時のリフトには必ず風速計を合わせて設置しなければならない法律が
あったため、屋内であるにも関わらず風速計があったという。
ただし、私は外から眺めたことはあったが入ったことはないの風速計については
聞いた話である。

入場券の面で提携していたワイルドブルーヨコハマ(巨大温水プール施設)と共に
すでに消えた施設であるが、真夏に外から眺めているだけで炎天下に膨大な
エネルギーを使ってスキーをするという 「罰当り施設」 という感覚はあった。

ただ、今回、SSAWS(ザウス)についてちょっと調べてみたところ、
いろいろと想像していたことがくつがえされてしまった。

「さぞかし大赤字だったのだろうなぁ」 と思っていたが、
もともとSSAWS(ザウス)は10年間限定の計画での施設であり、
閉鎖時期が計画よりも1年早かったとはいえ、おおむね黒字だったようだ。

今日、初めて知ってびっくりしたのが、SSAWS(ザウス)は2003年から2004年に
かけて解体されているのは知っており、今、ドバイに屋内スキー場があるということも
両方知っていたのだが、何と、それは 
「解体された施設の船橋からドバイへの移築」 
であったことを今日初めて知った。

スキー客(の需要)とお金が集まっているところに移築したということだ。

SSAWS(ザウス)の跡地の方はどうなっているかというと、
2006年4月24日にスウェーデンからやってきた大型家具店イケアとなり、
2007年1月には総戸数1211戸の大型マンションである
ワンダーベイシティSAZANとなっている。

京葉線南船橋駅周辺のこの20年間は非常に慌ただしかったということだが、
見方によっては 「世の中の流れでなるべくしてなっている」 とも言える。

一方、八ッ場(やんば)ダムのことを考えると、そういう具合にはならない
厳しさを感じてしまう。
集落ごと、温泉や墓地までも移転させる計画が57年の間に
さまざまな変遷のなかですすめられてきたのだ。

今、元スキー場を里山に戻す計画を地元の方々を中心に、壮大な年月をかけた
構想で、そして実際の地道な活動で努力されていることを知っている。

都市部の施設がお手軽にできていいということでは決してないが、
今の子どもたちが全員親孝行な稼ぎ人になるという非常に楽観的な
発想のもと借財をくりかえしてきた国家においては、
「ご利用は計画的に」 と言う他はない。

神社・仏閣までをも移動させることができ、
「依頼さえあれば東京タワーでも別の土地に移すことができます」
と豪語する恩田組の社長の力を借りたとしても、
大自然と住民の方々の気持ちまでを移し変えることは難しいからだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2009-09-24 11:14 | 草評


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