2010年 01月 05日

戻ってきた年賀状

今年、戻ってきた年賀状が何通かあって
考えさせられてしまった。

郵便局は一年で年末年始がもっとも忙しく、
プロの配達人ではないアルバイトも多く動員する時期で
あることは差し引いて考えなければならないが、
それにしても・・・と思ってしまうことが増えた。

電子メールは、打込むアドレスのひとつでも、
. (ドット) のひとつでも落としたり、あるいは間違ってしまったなら
相手に届かずに戻ってくることは常識で、これは仕方ない。

ところが、どうもアナログ葉書もそうなってしまったように思う。
少なくとも配達されるシステムはファジー理論が通用しないデジタル的な
ものになってしまったようだ。

宛名ぐらいは手書きで出したい、という気持ちが裏目に出て、
住所の末尾の数字などを間違えて書いてしまったものなどは
こっちが悪い。
こっちが悪いのだが、どうしても

都会の巨大マンションに住んでおられる方に出したのではないし、
そもそも都道府県のような大きな住所から小さな町内、そこから
何丁目、そこから何番地という順序で限定していく書き方をしていく
文化をもっていて、さらに郵便番号を7桁化してかなり範囲を限定しているのに
ちょっとはファジー理論をはたらかせてくれないのか?


という気持ちにどうしてもなってしまうのだ。

新潟市のある寺院宛の年賀状が戻ってきて、これがとても痛かった。
他宗派でもあり、私の所属する宗派の全国寺院名簿には
掲載されていなかった寺院であったが、昨年、研究会などでお世話に
なったので、末尾の番号のみを書かずに出したものであるが、
「宛先不完全」 のスタンプが押されて戻ってきた。
郵便番号は間違っていないし、間違わずに書いたその町内の
誰に聞いてもわかるはずの名刹(めいさつ)であり、伝統がある寺院であり、
寺院名も同じものがありえないほどの珍しい寺院名であるはずなのだが、
それが戻ってきた。

どうも、暗い気持ちになってしまった。
自分の所属している寺院でいえば

「〒959-2646 新潟県 胎内市 西栄町 善良寺 ご一同様」

というような宛名で出したものが戻ってきたことになり、
「電話などでお問い合わせして詳しい住所を聞かない方が悪い」
とも言われそうなのだが、何とも残念としか言いようがない。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-01-05 06:09 | 草評


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