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2010年 02月 13日

上村愛子選手に追い風が吹く気がする  至徳の風静

いよいよバンクーバー冬季五輪の開幕だ。

三日ほど前、ガソリンスタンドでの給油ついでに
コーヒーをいただいてスポーツ新聞を読んできたのだが、
雪不足のモーグルの会場 (現在は霧が発生し、視界が心配)
の試滑をした上村愛子選手が

「よく短期間にこれだけのコースを用意してくれた。
滑りやすい。関係者の努力に感謝したい。」

という趣旨のことを言っていたという記事が掲載されていた。
まず選手全員にとって悪条件に関わりなく、
成績が良くなかった時のエクスキューズも含めて
ブーたれるようなコメントが入っても当然のような気がするなか、
この上村愛子選手のコメントに感じ入るものがあった。

結果的にメダルに届くかどうかは、わからないが、
(それこそ獲って欲しいのは私としては当然だ)
これを読んで、
ギリギリのところで彼女の背中に
説明のしようがない微風の追い風が吹く気がした。

それは、無理して具体的に書くならば
「彼女にメダルを獲らせたいかと願う人々の有形無形の声援の後押し」
ということになるが、単なる精神論にはしたくない。

「他力」 という浄土真宗など浄土教の流れの仏教の言葉は
もっとも誤解もしくは曲折された言葉だろうが、
自力を尽くした人の背中にしか他力の風は吹かない。
もしくは50:50で真剣に行く道に迷っている人の背中にしか吹かない。
「生かされる、なんてことを言う前に強く生きなきゃ」 という話である。
そして、他力の風は吹いても微風なのだ。

微風だから弱い力だというわけではない。
やることを自力を尽くしてやった人が集中力の極みに五感を研ぎすました一瞬に、
かろうじて感じられる、かすかに背中を後押しするような微風ほど大きな力はないのだ。

上村愛子選手のコメントで、至徳の風が静に吹くであろうことを予感した。

1994年 上村愛子選手は 白馬中学校2年生時にカナダへ旅行した際に
モーグルスキーブラッコム大会を観戦し、ロシアの セルゲイ・シュプレツォフの
滑りに感銘を受けたのが上村愛子選手とモーグルとの出会いだったと言われる。

その、(たぶん彼女が初めて経験した外国旅行である) カナダの土地と、
かなり無理をして作り上げたモーグルコースに携わった人々もまた、
彼女の背中に微風をくれるだろう。

今から30年前、モーグルという競技など名前もなかった時代、
ひたすらコブ斜面ばかりを滑る数日間を過ごしたことがある。
その時に、一瞬、私の背中に吹いた微風はわけのわからないものだったが、
今の上村愛子選手の背中に吹く微風の意味は大きい。

その微風の粒子のひとつとなって、テレビの前で彼女に声援をおくりたい。
そっちは微声ではなくて大きな声で。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-02-13 06:22 | 草評


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