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2010年 03月 05日

臘扇(ろうせん)をあらわすいい言葉はないだろうか

『臘扇記』 という清沢満之先生(明治時代の仏教者)の日記がある。
清沢満之先生は、私の先生の先生の先生になるので、
もともとあまり茶化したことは書けないのであるが、
割合とまじめに、この 「臘扇」(ろうせん)のいい訳はないかと思っている。

というのは 『臘扇記』 は英訳で 『December Fan』 と訳されている。
「臘」 というのは12月をあらわす言葉なので自然な英訳である。
清沢満之先生は自らのことを 「12月の扇風機」 
(明治時代なので扇風機ではなく本当は扇子なのだが)
のような存在としているのだ。
私は8月のストーブ。

December Fan はもちろん誤訳ではないのだが、
ニューヨークやロンドンならともかく、英語圏だけをとっても世界は広い。

ジャマイカなら12月でもファン(扇)はまわっているだろうし、
南半球なら12月はファンが活躍する最盛期であるといえる。

日常生活のなかで
・書けないボールペン
・点かないチャッカマン (トーカイの登録商標・点火用の長細ライター)
などに出会うと 「ああ臘扇!」 と感じたりする。

デビュー当時の所ジョージが自分のことを
「便所の100ワット」 と言っていた。
「意味のない明るさ」 ということである。

これが案外と 「臘扇」 に近いのではないだろうか。
もちろん、そのままでは使えないのだが。

昼間の灯火は 「昼行灯」 (ひるあんどん) という言葉があるように
まさに役に立たないものであるが、
あたりが暗くなってくると明かりとして輝く。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-05 21:10 | 草仏教


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