2010年 03月 11日

なぜDVDをもっている映画をテレビで見てしまうのか

なぜDVDをもっていて何度も見ている映画をテレビで見てしまうのか?

この疑問を自分自身への問いとしてずっと持っていた。

DVDどころかビデオテープも身近でなかった頃、
映画館で観た映画が 「テレビ初登場」 などという時、
これは心待ちにして喜んで見たのは誰が考えても自然なことなので
別に疑問も何もなかった。
外国語映画ならば 「どんな吹き替えか?」 という関心事で
テレビを見た時代もある。

ところが、ビデオテープならすり切れるほど、
DVDはすり切れることはないけれども何度も繰り返しみた
映画ほどテレビでやっているとついつい見なくていいのに
最後まで見てしまう。

淀川長治や荻昌弘や水野晴郎の解説があるわけでもないのに
(三人ともお亡くなりになられたのでそれはムリだ)
なぜついつい見てしまうのか?

私はこれは自分の癖なんだと思い込んでいた。
私自身がそういう特有の嗜好性の持ち主なのだと思い込んでいた。
ところが、この問題を提起してみるとある程度、この癖は
大半の人がもつものだと気がついた。

さらに決定的なことは宮崎アニメの映画の放映時のように
子どもたちがすでにソフトをもっている映画のテレビ放映を見たがるので
「これは本能的にそういうものなのだ」 と直感した。

DVDももっており、極端な場合は1年前のテレビ放映をHD(ハードディスク)に
収めてあってスイッチひとつで再生できるにも関わらず、テレビ放映を見たがるのだ。

その理由をいろいろと考えてみた。









ひとつには 「同時性」 というものがあると思う。
子どもを例にとるとわかりやすいが、同じクラスの仲間もまた
その放送を見ていることが多いのである。
次の日の話題になりやすいということである。

大人にとっても明日会う人が見ている確率が視聴率に応じてある。
さらに大人にとっては 「昔、映画館でいっしょにその映画を見た人」 が
どこかで見ている可能性が大きい。
その 「どこか」 を想像することを見ながら楽しんでいるのではないか。

二つ目は 「一期一会性」 である。
何度も見た映画でDVDも持っているのに、
その映画がオンエアされているのは 「今、この時」 である。
その 「今、この時」 という情感の方を味わいたくて見るのではないか。
なので、いつでも一時停止可能なDVDなら好きな時に行けばいいのに
おトイレをCMまで我慢したりする。

三つ目は 「テレビ局側の視点」 である。
これは子どもにはない視点かもしれないが、
数多くある映画のなかでその映画をチョイスした側の人間、
それを支えるスポンサーの立場を意識した上での鑑賞である。
特にそれがヒット作ではない場合はこの会ったこともないはずの
「チョイスした人間」 に自分を投影して見ていることがあることに気がつく。

最後にあげる理由はあまりにも単純だが
このいろんなエンターテイメントがある時代に
「何度見てもおもしろい」 というような映画は元々おもしろく、
いつどんな状況で再現されても、
たとえ家電量販店のテレビでのデモ映像で流しているものでも
最後まで見せてしまう力をもっているから。
だからDVDソフトまで買っちゃうのだから。

3D映画であるキャメロン監督の 『アバター』 のテレビ初登場はいつだろう?
その頃には 「地上波初登場!」 というキャッチフレーズはつかないなだろうな。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-11 23:57 | 草評


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