2010年 03月 17日

15年前の3月20日 1995年の地下鉄サリン事件

知り合ったばかりの頃の妻は
営団地下鉄丸ノ内線を利用して通勤をしていた。

普段ならラッシュアワーのさなかに起ったその時間に霞ヶ関駅を通過する、
その時間帯の地下鉄に乗っていたはずだった。

たまたま数日前に遅番ということになって地下鉄サリン事件から
約1時間後の霞ヶ関駅を 「通過」 している。
正確かどうかはわからないが
「危険物の処理のため霞ヶ関駅を通過します」
というアナウンスが入ったと言っている。

普段なら常に多くの人が乗り降りする駅に人が一人もいないという異様な光景を見ている。
何が起っていたかの詳細は、まだ把握されていなかった時間帯だったのだ。

私はその事件が起った時、横浜の上大岡駅から
東本願寺横浜別院に行っていて、
西本願寺の築地別院に原因不明の患者さんたちが
運び込まれ、そこから築地の聖路加病院に次々と
運び込まれているということを聞いた。
「何か大変なことがおこっている」
ということしかわからなかった。

春のお彼岸を迎え、「お彼岸だなぁ、春だなぁ」 と思うとともに、
15年前のあの大事件がそれから毎年脳裏をよぎる。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2010-03-17 21:50 | 草評


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