草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2010年 04月 28日

んだず(YES)山形 (1) 飯豊牛 

b0061413_1302023.jpg 先月行った蔵王への一泊春スキーのいい余韻がずっと残っている。山形県に入ってから24時間ほどの滞在で帰ってきたのにもかかわらず。山形といっても最上地方、置賜地方、庄内地方、村山地方でまったく違った地域性があり、なおかつその地域のなかで異なった独自性がある。先月は短い時間、しかも置賜地方のみ、しかもスキーをしに行ったのにも関わらず 「何だこの安らぎは?」 「何だこの充足感は?」 という感触があったのだ。失礼な話だがバブル期を機軸とした経済やグローバル化という視点で日本を見た時には 「取り残された」 というイメージもなきにしもあらずであった山形県であるが、その間に山形県産ワインのように、あるいは山形交響楽団のように、あるいは鶴岡のスローフード・イタリアンレストランのように、しっかりと熟成され成熟しているような感銘を受けたのである。そのほんの片鱗にふれただけであるのに 「どうも山形には私の求める何かがあるな」 という直感を得て帰ってきた。山形は周回遅れのトップランナーであり、それがトラックとは別な方向に向かって最速タイムで走り出している息吹を感じたのだ。

b0061413_131330.jpg これからも山形にはスキー旅行や温泉の他、噂にはよく聞く 「熱すぎる山形の夏」 も経験してみたいなぁと思うのだった。 さて、その真夏までかかると思うが時折 「山形絶賛」 のブログ記事を書いていきたいと思う。ちなみに 「んだず」 という言葉は山形県内の村山弁であり、 新庄弁では 「んだじゅー」 「んだにゃー」 置賜弁では 「んだっそ」 「んだごで」 庄内弁では 「んだのー」 である。 「YES」 をあらわす言葉ひとつをとっても県内にこれだけのバリエーションがあるという言葉の文化の深さを知る。 ちなみに蔵王ではうちの娘(11歳)と息子(8歳)が 「お父さん、ここは日本なのにおじいちゃんたちやおばあちゃんたちと言葉が通じないよぉ」 と言った。 さて写真のための文章にようやく入れるが、この牛のオブジェは新潟県から山形県に入って我々家族を迎えてくれた牛のオブジェである。場所は飯豊(いいで)町という人口8000人ほどの町のドライブイン、というか早い話が 「道の駅」 である。早朝なので誰もおらずおトイレだけを拝借した。 シャラポア(妻・日本人)がこの写真の文字を右からなぞる動作をしながら 「牛でいい」 とつぶやいた。 ぎゃはははははは・・・と私も子どもたちも笑った。 飯豊山系を眺めつつ 「私は牛でいい、あなたたちは人間で良かったですか?」 と、この等身大実物大の牛に語りかけられてくるようなイメージをもったのであった。 ただ、こうやって写真を撮ってから気がつくのであるが、わざわざ 「いいで」 という平仮名で飯豊を表記している理由は、飯豊という地名が読みにくいということもあろうが、名古屋弁というか、関西弁でいうところの 「エエで」 というニュアンスはすでに含まれた上での表記であり、そしてそれが何人に一人の割合かはともかく、シャラポアのように 「牛でいい」 と読んでみる人がいることは最初から計算されていたような気がしてならなくなったのだ。だって牛も馬も乗り物としては 「号」 をつける。 乗り物にペイントされた横書き文字は右から読むようになっているものも多いではないか。そしてここは道の駅なのだから。 山形恐るべし。 山形は米沢牛が全国的ブランドになっていることや芋煮会(伝統的日本のアウトドアクッキングだ)では芋と並んで牛肉が主要食材である。 牛は山形のシンボル的存在であるといえる。 その牛から 「牛でいい」 とご挨拶されたことが、山形県が気になりはじめた最初のきっかけである。


マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2010-04-28 00:29 | 草評


<< 名曲草鑑賞(19) スピッツの...      草仏教経済学(12) 黒いマク... >>