2011年 02月 25日

演技より縁起

「市川海老蔵が呪いにかかっている」という噂がある。
都市伝説のたぐいではある。

昨年の八月花形歌舞伎で、海老蔵は民谷伊右衛門を演じ、
中村勘太郎がお岩を演じている。
その時、中村勘太郎はお岩稲荷といわれる於岩稲荷田宮神社に参拝したが、
どうも市川海老蔵はお参りしなかったのではないかということらしい。

実は江戸時代の流行作家であった鶴屋南北に四谷怪談を書かせたのは、
七代目市川團十郎である。

で、四谷怪談ではなく麻布のビルの非常階段であるが、
そこで海老蔵は殴られてお岩さんと同じ左目を負傷した。

海老蔵をかばう義理もないのだが、
参拝しなかったことで(それすら真偽はわからない)祟りがあったとは
思えない。
太鼓の方のドラマーをバカにするとバチが当たるが、
ドラマを演じる方のドラマーの参拝などは自主的、主体的なもので
いいと思う。

むしろ、ビックリしたのが海老蔵の結婚式の方である。
仏前結婚式を行うということで、けっこうなことだと思った。
しかし、芝公園のザ・プリンスパークタワー東京というところに
成田山新勝寺(つい勝新寺と打ち間違えてしまうことが多い)の
本尊である不動明王が運ばれたという。
(ちっとも不動では、ないではないか)
掛け軸などのポータブルではない寺の中心のご本尊である。

披露宴の方は、大ホテルで豪勢にやろうがテレビ局やいろんなスポンサーと
タイアップしようが、役者という職業柄もあって勝手である。
どんどんやるよろし。
しかし、儀式の方は、披露宴の前日にでも成田に出向いて先んじてするか、
もしくはポータブルのご本尊(これはどんな寺院にもたいていあるはずだ)と
司婚の僧侶の出向を願い出るべきではないかと思った。

披露宴の便宜のために(と考えてしまう)リクエストに応じる寺の方も
寺の方だと思った。
仏前結婚式の司婚なら、おめでたいことでもあるし喜んで出張するが
「寺の本堂のご本尊をもってきてください」
などと言われたら、私なら激怒する。

あまりにも腑に落ちなかったが、その結婚式の頃はブログ小休止中だった。

今頃になって、「なぜ本尊をホテルに移すなどということが認められたのか」
ということの経緯をちょっと手軽に調べてみた。

まず、初代市川團十郎の父は堀越重蔵(十蔵)という名の人で、
成田の近くの幡谷村出身であった。
この頃から、すでに市川家と成田山新勝寺との関係があったようだ。

初代團十郎が江戸の歌舞伎で名声を高めた頃、
新勝寺は当時の江戸にさかんに宣教活動を行っている。
何と本尊を江戸に運んで開帳をするということも、この時代からやっている。
(やっぱり不動明王はこの頃から不動ではなかったのだね)

初代團十郎は、開帳に合わせて(タイアップだ)『成田山分身不動』
などの演目を自作自演する。
ご承知の「成田屋」の由来であり、歌舞伎役者の屋号そのものの元祖だ。

というわけで、成田からは信者を中心に団体で團十郎の舞台に駆けつけるし、
興業が成功すると新勝寺に寄進をするということで、
「ご本尊、ザ・プリンスパークタワー東京に行く」の理由には、
初代團十郎の時代からの大いなる伏線があるということがわかった。

ただ、わかったからといって腑に落ちるわけではない。
披露宴はどんなにふざけてもいいから、
みんな、結婚式は真面目になった方がいいよ。
(お、私が真面目になった方がいいなんて言うのは珍しいなぁ)

結婚式のためだけに建てられたようなチャペルで、
かつて稲川素子事務所に所属していたかのようなアルバイト牧師の
演技によって進行されるような結婚式は、やっぱり儀式ではなくて
「プレイ」だ。
プレイで背負う十字架は重いぞ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2011-02-25 00:08 | 草評


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