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2011年 03月 26日

藤波心さんのブログ

13歳の藤波心さんのブログ記事です。

私は電気は必要だと思っています。
このブログ自体、パソコンの電力消費はテレビに比べれば
小さいとはいっても、いくら電力消費のピーク時を外した
深夜などにノートパソコンを充電しているとしても、
電気なしには成り立ちません。
グランドピアノというものは憧れで欲しいけれども
私には買えませんが、電子ピアノは買えました。

電気が普及していない時代、
ディドロとダランベールが『元祖・百科事典』を作って、
それを読むことができたのはブルジョアであったけれども、
市民が知識というものを得てフランス革命の導火線役と
なりましたが、同じように最近、中東でフェイスブックやツイッターでの
情報交換やインターネットで得た知識によって革命が起きました。
電気がなければ、よほど直接民主主義に近い形態をとれる小さな町村ぐらいの
自治体を除いて国民主権の民主主義そのものが成り立ちにくいと思います。

電気は大切で、そして必要だと思います。

ただ、南波心さんの素直で正直で真っすぐな意見への
補足にも応援にもならないかもしれませんが、
地位・名誉・財産を中心に、幸せの価値観は転換しなければ
ならないと思います。

日本で原子力発電が始まったのが1963年。
私が生まれた年です。
最初の数年は実用というか運転実験に近いものだったでしょう。

子どもの頃を思いだしてみて、悪いことは忘れてしまったという
ことはあるのでしょうが、幸せでした。

私が今の南波心さんと同じ13歳の頃は1976年。
スリーマイル島の事故の頃で、アメリカの大統領はジミー・カーター。
人の活気という意味でのエネルギーは、今よりもずっとあふれていた
ような気がします。


マーヒー加藤


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by kaneniwa | 2011-03-26 23:57 | 雑草


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