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2011年 04月 18日

沈黙の春の境内

b0061413_22513649.jpg 境内のなかに桜の木が一本だけあります。14年前、私の結婚を祝って境内に植えてくれた方がいたのです。「花をつけるまでは10年ほどかかるかな」と言われていましたが、3人目の子どもをさずかった8年目には花を咲かせて14年目の今年にはけっこう立派になっています。その末娘は4月生まれ。桜の花が大好きです。自粛しようなんて殊勝な気持ちはないものの、やっぱりアウトドア用品を車に満載して仲の良い家族をさそって桜が咲き誇るポイントを鑑賞しつつバーベキューなどということは、これは気分と勢いです。例年にも増して厳しかった冬が終わり春がまたやってきた喜びはあるものの、なかなかそういう気持ちは沸いてこないのです。ただ、今年はいっそう感慨深く境内の桜を眺めます。

b0061413_22483257.jpg 妻(ご存じ日本人のシャラポア)は7歳年下。この桜の木の成長とともに年の差は関係なくなり、8年目に花が咲いた頃にはまったく年の差は関係なくなった気がいたします。今年の春のお花見は、遠出はせずに、ハンドルキーパーも不要になることだし、境内のこの桜の木の下(周囲は墓地であるけれど)で気持ちに応じて心静かにやりたいと思っています。お酒を飲むならば何がいいでしょうか?やっぱり東北のお酒(日本酒)がいいでしょうか?滅多に飲まないのだけれども、野外で飲むのにはなぜか「似合わねぇ」と言われつつも1本クーラーボックスに持参するロゼワインなんかもいいのでしょうか?

b0061413_22485715.jpg すぐ近くに木蓮の木があり、こちらも桜とほぼ同時期に花を咲かせます。いい香りです。桜はなんといっても春にとっての華ですが、桜だけが春が来たことを証明するのではありません。いろんな草木、動物、昆虫もそれぞれ春が来たことを証明してくれています。しかし、今年は特に木蓮の花の白の清楚さに染み入ります。それに感じ入った後で、青空に散る木蓮の花びらの図が、水素爆発で吹っ飛んだ福島第一原発の150センチの厚さがあったコンクリートの外壁のデザインを連想させて、そんな連想をしている自分が嫌になってしまいます。もっとも、原発の外壁にはどんなデザインを施したとしても美しくも可愛くもカッコ良くもないでしょう。

b0061413_22493343.jpg 3月11日から、まだ四十九日が経過していないのだなぁということを私は意識してしまいます。もちろん、その惨状からの再起にはさまざまな困難が継続中であり、長期化します。四十九日が明けたといってもそう簡単にリセットできるものではありません。ただ、親族、友人を亡くされた方々は大きな困難のただ中にいらっしゃると同時に、大きな悲しみのただ中にいらっしゃるということだけはどこかで肝に銘じておきたいと思うのです。夜になり、木蓮の木立におぼろ月がかかりました。これはカラー写真ですが、モノクロームの世界です。実際に観た光景も実にモノクロームでした。

b0061413_2250172.jpg モノクロームでも一枚撮ってみました。ヒア・カムズ・ザ・ムーン。明治時代の中期まで、日本人は現在のグレゴリオ暦のカレンダーではなく、月の満ち欠けによる太陰暦が使われていました。潮の満ち引きを思えば、月の引力の強大さが分かります。あれだけ海面や地面に引力の影響を与える月の引力が、かなりの部分が水分である人体に影響を与えないはずはありません。というわけで、お祭りのようなものは引力の影響か、もっとも精神状態も高揚する満月の日を中心に催されることが多かったようです。そして、この時代、日曜日も土曜日もありませんが、親族を亡くした家族にとっての四十九日は追悼の期間であったと同時に、決して無理をせずに身を休める期間であったことはとても重要なことではないかと思っているのです。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2011-04-18 22:50 | 雑草


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