2011年 04月 23日

星野道夫著 『旅をする木』

星野道夫
という人の存在は前から知っていた。
しかし、写真が載っていない著作を読んでその文章に魅了されたのは
つい最近だ。
アラスカという土地に憧憬があるがゆえに
アラスカに関する文章や情報を意図的に避けてきたという
不思議な心理がずっとはたらいてきた。

何となく手にとった文春文庫の『旅をする木』という本。
いきなり魅了された。
シンプルでディープな日本語。
カメラマンが書いた映像的な文章だ。

アラスカという土地は、まだそこに行ったことがない私にとって
いわば潜在意識のなかにあるのだが、そこからにじみ出してくれて
いるような文章である。
もうこの世に星野道夫という人は居ないということとも
関係があるのかもしれない。
「これはどこから来るメッセージなんだろうか?」
と感じながら何度も読む。

もちろん『旅をする木』に収められた33編の大半は
アラスカについて書かれたものであるが、
オーストリアのザルツブルク、ガラパゴス、
ペンシルバニア州のアーミッシュの人々の村などに
ついて書かれた短い文が大変に興味深い。
この人の心はアラスカにあるということがかえって
よく読み取れるのだ。

しかし、表題にもなっている
「旅をする木」 のなかに書かれていた
アラスカのケープトンソンという北極圏の海岸で核爆発によって
実験的な港を作ろうという
「プロジェクト・チェリオット」(1960年)というものは
恐ろしい。
「水爆の父」と言われるエドワード・テラーのもと
アメリカ原子力委員会がすすめていたプロジェクトだ。

ビル・ブルーイットという動物学者の尽力と
エスキモーの反対運動によってそれは阻止されるのだが、
30年後の1990年、アラスカ大学の図書館員が
古い資料のなかからケープトンソンに核廃棄物が埋められた
ままになっていたことがわかり、周辺の村をパニックに陥れて
いたことが書かれている。

核の問題のために読んだ本ではないのだが、
どうしても目に入ってきてしまう。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2011-04-23 20:54 | 草評


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