2011年 06月 16日

コッヘル142番 兄弟船 (鰹のタタキに鰹節)

b0061413_0282524.jpg 初がつお上陸中!鳴かぬなら鳴くまで待とう初鰹 という季節がやってきた。鰹のタタキというものを食べる時、ツマというか付け合わせというか、鰹の下に敷くものにタマネギを選ぶことが多い。一種、サラダ感覚というものでもある。ちょいとタマネギを多く切りすぎた。もう一品、鰹節をかけただけのオニオンスライスを食卓にのせるか・・・・・・その時、マーヒーの頭のなかの富士山頂に雷鳴が響いた。マーヒーの頭のなかの真冬の釧路湿原のまんなかで丹頂鶴がひと声鳴き、頭のなかの琵琶湖から無数の水鳥たちが大空に向かって羽ばたいていった。鰹節の鰹も、限りなく刺身に近いレア焼きの鰹も、同じ鰹ではないか。鰹節というものがあまりに身近なものであったために見落としていた。富士の高嶺に降る雪も、京都先斗町に降る雪も同じ雪であったことを世に問うた「お座敷小唄」に匹敵するような大発見ではないだろうかと色めきたった。取り急ぎ、ネット検索というものをしてみた。「鰹、かつを、かつお、初ガツオ」と「鰹節、かつおぶし、カツオブシ」など、表記の違いとかその組み合わせとかめんどうで丹念にやったわけではないので自信をもっては言えないが、「どうも鰹のタタキにカツオブシを合わせるという料理を今まで考えた人はいないぞ!」ということになった。これは親子丼のような親子ではなく、兄弟であろう。姉妹かもしれないが。というわけで鰹節をのせたオニオンスライスの上に鰹のタタキを切ったものをのせ、さらにその上から鰹節をふりかけてみた。 「絶妙の組み合わせ」というわけにはいかなかった。しかし、それではダメかというとそうではなく、これは「不思議さを味わう料理」というセンでいける。タタキと鰹節が同じ魚であるという不思議さ。改めて気がつく鰹節というものの存在感。舌で味わう味も悪くないが、脳内で味わう味わいが深い。その脳内でも左脳部分に訴えかけてくる料理である。酒は日本酒よりも焼酎が合い、焼酎よりもウイスキーが合うような気がした。でもそれはオニオンスライスだけで高い値段を取る3次会あたりのお店のイメージからかもしれない。右脳だけでなく左脳も刺激され、何となく「こうしちゃおれん!」という気持ちになって、作詩作曲中の「アメリカ南部牛追い歌」の製作を中断して「かつお節」の作詩作曲にとりかかりたい、という気合いで全身が満ちた。ただ、こっちの発想はすでに加藤清史郎/アンクル☆させ 作詞:高田ひろお 作曲:佐瀬寿一による「かつおぶしだよ人生は」が世に問われており、NHKの「みんなの歌」でもとりあげられていたのは残念だった。

マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2011-06-16 01:03 | 草外道


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