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2011年 07月 04日

コッヘル145番 ほぼトマトだけのサンドイッチだジョー

b0061413_15193588.jpg イギリス名物キュウリのサンドイッチをコッヘル144番として投稿して、今度はトマトのサンドイッチを作りました。冒頭から何ですが、ところで日本のシェークスピアはいったい誰でしょうか?近松門左衛門であるという意見が多いのですが、近松ワールドは日本人の深いところに入りすぎていて「いやあ近松作品には大きな影響を受けまして・・・」という人には滅多に会えない。私は日本のシェークスピアに相当する人はそのドラマチックさと大衆に与えた幅広い影響力からすると梶原一騎だと思います。もちろん梶原作品のすべてが素晴らしいわけではありません。晩年の梶原一騎作品などは、話が軌道にのりかけるとヤクザの大群が出てきてすべて壊してしまいます。ストーリーの本筋さえ壊してしまいます。晩年の梶原作品をまともに読めたのはアントニオ猪木を拉致したことさえある梶原先生の力を恐れる編集者だけだったと伺っております。しかし『あしたのジョー』は文句なく傑作であります。シェークスピアでいうなら『リア王』や『ハムレット』であります。

b0061413_1520479.jpg その『あしたのジョー』のなかに「紀ちゃんのトマトのサンドイッチ」というものが登場いたします。「矢吹くん、トマトはさんだやつ好きだったよね」とジョーに渡すものだジョー。紀ちゃんのサンドイッチはこんなのではなくてパンの耳は落としてあったとは記憶していますが、キュウリのサンドイッチと同じくバターと塩だけで、中身はトマトだけでした。その、トマトだけを味わいつつ『あしたのジョー』についての解釈も深まったのだジョー。紀ちゃんは、乾物屋の娘です。伊丹十三がバターのCMだったかマヨネーズのCMだったか、食パンのCMだったか(多分マヨネーズだったと思います)、ジャコかなんかのサンドイッチを食べていたように、家で扱っている乾物を流用して何かのサンドイッチを作ることは簡単だったでしょう。そうではなくて、サンドイッチ用のパンなどもなかなか売っていなかった時代にパンの耳を落とし、八百屋さんからなるべく新鮮なトマトを買ってきて塩をして水気を切ってトマトのサンドイッチを作った課程までをイメージすれば、これは日本のシェークスピアが紀ちゃんの恋心を表現した見事な小道具であるなぁと思ったんだジョー。作ってみてわかったんだジョー。そしてもちろん、矢吹丈になりきって食べて分かったことなんだジョー。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2011-07-04 16:58 | 草外道


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