2011年 12月 23日

ギャンブルで大きく負けない方法

考古学などの発掘作業で目的の遺跡などが出てくるのは予定最終日が多い。
これは考古学の常識といってもいいと思う。
しかし、この常識には裏がある。
「遺跡を掘り出したい」という大きな情熱は、責任者をはじめ
多くの関係者がいろんなところにかけあって、予定最終日を何度も更新しているのだ。


井川意高という大王製紙の元会長が数十億円をギャンブルに使った。
「名前どおり意志が高い大王で、夢が大きい人だなぁ」
と思った。
勝つまでギャンブルをやり続けるつもりだったのだろう。
だって、スロットマシーンならば仮にジャックポットの100連発が
あったとしてももう負け分は取り戻せない。
ジャックポット3連発でさえ天文学的数字になるのだろうに。
最終的にやっていたのがバカラかルーレットかトランプかわからないけれども、
それで今までの負けを取り戻せると思って賭け続けていたのだから。
もしもそうでなかったら「無の境地」とまでは言いがたいものの、
「私はどこまで負けていくのか」ということに無我夢中だったはずだ。

まだ起訴されていない段階で何だけれども、
刑務所にも入ることになる可能性も大きいと思う。
刑務所や拘置所に、今はけっこう東京大学出身者がいるような気がするが
法学部卒でもあり、検事や裁判官に同期の人もいることだろう。
どちらにしろ、井川さんは刑務所のトイレで人生初めてエリエール以外の
トイレットペーパーの紙質をお尻に感じることとなるだろうと思う。





12年前に5人で韓国のソウルのカジノに出かけ、
私だけ出発前より金を増やして帰ってきたことがある。
でもスロットで中当たりを出してサッとやめて帰っただけだ。

この頃の私は三条競馬場(今は存在せず跡地は乗馬クラブになっている)の
すぐ近くに住んでいた。
まだ2歳ぐらいだった長女に
「動物園に行くか?」(動物は一種類しかいないけど)
と言うと喜んでついてきた。
馬が至近距離で見ることができるパドックがあり、
競馬新聞などは買わずに、距離も血統も騎手も関係なく
データといえば馬の名前と番号とパドックで見た感じだけの直感で
馬券を買ったが、これがよく当たった。
よく当たったというのは、そういう買い方だから自然に
「単勝」という1着だけを当てる方式の買い方が多かったせいもある。
そういう買い方の時に大金は賭けない。
福沢諭吉で勝負するのでなく夏目漱石(その当時)で遊ばせてもらった。
夏目漱石の口癖は
「そう上手くはいかないよ」
だったらしい。

ちょっと面白いことだと思う。
自分の直感をいちばん信頼しつつ賭け事をするのに、
自分の直感を信じていない。
自分の直感を信じられないということは、
ほとんどの人がそうだろうとして、
そういう人が競馬新聞に記されているさまざまなデータをはじめとして
さまざまな情報のなかのどれかを信じて大金をつぎ込む。

信じていない範囲だからこそ遊べる。
遊びの境地のうちは大きく負けることはない。
(大金を賭けるのは主に負けてホットになりすぎている人だ)
大きく負けることがないという安心感は
ますます観察力を増して直感をクールに研ぎすまし、
遊んでいるのに出かける前よりお小遣いを増やして
帰れるということがけっこう頻繁におこる。

福沢諭吉(1万円札)でのギャンブルをしなくなったのは、
トウカイテイオーが勝った年の有馬記念(1993年)を
浅草のウインズ(WINS 場外馬券売り場)で見ていて、
レースの終了後にいい大人たちが泣き叫び、何人かはそのまま卒倒し、
JRAの職員に担架で運ばれていく阿鼻叫喚の図を見たのが決定的だった。

高村薫の『レディ・ジョーカー』という小説でのウインズの描写は
実に優れている。よく取材をしたにちがいない。
一日中ウインズにたむろしていると、イギリスやフランスの競馬場のような
優雅な光景ではなくても、後楽園ウインズなどでは9階建ての387ある窓口付近に
5、6名のグループが見解の相違を語っている「社交場」となっている光景を
目にすることができる。
無意識的に決まった階の決まった窓口で馬券を買ってしまう習性があるようで、
そこにたむろしている都会のなかのギャンブル親父グループと顔見知りに
なったことがある。(レディ・ジョーカー的)
そこで伝説の「先生」の話を聞いたことがある。
私ももっと後楽園ウインズに通っていればこの「先生」に会うことが
できたのだろうが、残念ながら面識はない。
でも、私はその伝説を聞けただけで満足だ。

先生は、必ず朝の第1レースから馬券を買う。
ただし、的中させるまでは1レースに千円しか賭けない。
ただし、的中させたら次のレースにその配当をつぎ込む。
午前中に1つも当たらない日はG1レースがある日でもすぐに帰る。
3レース連続で的中させた日は、その配当を豊富な軍資金として
残りのレースに分割してすべて1点買いで張りこむという。

これは強い。
「勝つまで金をつぎ込んでいく」 
というドツボに陥るパターンの逆をいっている、

伝説によれば、この先生は年に数回、メインレースか最終レースが終わった後に
満面の笑みでタクシーに乗って帰っていくという。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2011-12-23 04:47 | 草評


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