草仏教ブログ

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2011年 12月 28日

新潟市「コンチェルト」の閉店

年末という真冬の時期、薪ストーブを炊きまくっているので
ログといえばブログなどの記録のログではなく、
文字通りのログ(丸太)を連想してしまう。
ログには年輪が刻まれている。
「お前はどんな人生(人生なのか?)を送ってきたんだ?」
と薪になった元ログの年輪を見つめることもある。

薪ストーブを導入した昨シーズン(去年)は
「薪が燃える音、かすかにはぜる音、上に乗せたポットや鋳鉄オーブンの
 煮立つ音のシンフォニーにBGMなんて要らない!」
と息巻いていたのであるが、
今シーズン(2年目)は少し肩の力が抜け、
たまにBGMをかける。
ただ、車の中では実によく聴くレゲエやロックは自然に避けて、
ギターでもバイオリンでも、ピアノでも、
ボーカルも入っていても入っていなくてもいいのだが、
とにかくアコーステックなもの、
つまりはログ(丸太)の仲間であるところの
木の響きがある音楽を好んでかけている。

コンチェルト2号感動の毎日 というブログを愛読してきた。
いや、これからも愛読させてもらうつもりである。

コンチェルト とは「協奏曲」の意味であるが、このブログでは
新潟県新潟市中央区東堀通2番町のクラシック専門のCD店のことである。
そのお店が、この12月25日で閉店することになった。

お店の近くに知り合いの寺院があり、そこでの用事の際に立ち寄ろうと
いつも思いながら、この数年を過ごしてしまった。

この草仏教ブログを書き始めたばかりの頃、
コンチェルトの店員さんである 
コンチェルト2号さん(と呼んでいいのかどうかもわからないが…)は、
私が書いていた(今でも時々、思い出したようにクラシック音楽について書くことはあるが…)
拙きクラシック音楽についてのブログ記事に何度かコメントをくださっていた。
コンチェルトには多くのクラシックファンはもちろんのこと、
演奏家の方々もよく出入りをされていた様子が、
コンチェルト2号さんの素晴らしいブログを読むとよくわかる。
そのブログ全体が実に偉大な街角の「レコード」である気がする。

一昨年、近所にあった中規模書店が店を閉め、
本を買うのは主に大型店ということになった。
大型店もまあ歩いていける距離ではあるけれども、
雑誌や新聞で書評を見て関心をもっても
何だか実際にその本を手にとってみないと、
どうも買う気が起こらない性分だ。
若者を中心に広い年代での本離れが指摘されるが、
身近で手軽になってようでいて音楽離れというものも
かなり深刻であるという実感もある。
多くのの本を読み、たっぷりの音楽に浸るという人だけが
文化的であるとは思わないのであるが、
そこから離れてしまっては文章で残してくれたもの、録音で残してくれたものに
もったいないという気がする。
「もったいない」という言葉の本意だという気がする。
「サービス」もそうだが、「もったいない」も経済用語になった時に
その言葉は死んでしまう。
私のような者のために書いてくれた文章や
私のような者のために奏でてくれた音楽がきっとあるはずなのに。


本でたとえると、短編集であってもひとつの物語だけを
切り売りすることもそれを買いたいという人もあまりないだろうから
たとえとして的確ではないかもしれないが、
音楽のポップスに関しては、ジュークボックスの感覚で
1曲いくらということでパソコンにダウンロードすることも
まったく抵抗がないのだが、特にクラシックとジャズでは
断然CDがいい。

そして、音楽は生演奏がいちばんいいという意見も否定しないけれども
クラシックとジャスに関しては私が生まれた1963年前後の録音のものに
ビンビンくるものが多いので、それに出会うにはCDなどのレコード(記録)しかない。
ブルーズのジャンルでいえば、私が好きなものは
すでにこの世にいない人がほとんどである。

そう思うと、普段聞いているCDなどにしても、ほとんどこの世にいない人の声と
この世にいない人が鳴らしていた楽器の音を聞いていることになる。
ブルーノ・ワルター指揮で戦前のウィーンフィルが鳴らしている音は、
指揮者はもちろん出ている音のひとつひとつが、たぶんもうこの世にはいない。
さすがにこの指揮者とオーケストラに加えて1937年録音の
(もっと古い録音もあるけれども)
ウィーン国立歌劇合唱団のモーツアルトのレクイエムなどを夜中に聞いていると、
この声のひとつひとつがもうこの世に存在しないと思うと、
まさに「この世のものとは思えない」という気持ちになる。
もっとも、いつだって声も楽器の音も出ては消えていく宿命だったのだけれども。

突然出てきて何だがビートルズを聞けば、2011年の年末の時点で、
ポール・マッカートニーの声とベースギターと
リンゴ・スターのドラム(イエロー・サブマリンなどほんの一部で声も)は
この世のものであるが、
ジョン・レノンとジョージ・ハリスンの声とギターは
すでにこの世のものではない。
今、ビートルズは生と死が混じり合った音が出ている。
生と死とのコンチェルトだ。

と偉そうに言っても、実際にこの数年にクラシック音楽のCDを数枚しか買っていない。
コンチェルトに頻繁に足を運んでいれば…という懺悔はあるものの、
お店がなくなっても 
コンチェルト2号感動の毎日
というブログが、そのタイトルのままに、そこに新たな文章が記されていくことを
勝手なファンとして願う。
お店の再開の可能性というものがわずかでもあることもあるが、少なくとも
「コンチェルトというお店があった」
という事実だけは変わらない。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2011-12-28 01:01 | 草評


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