草仏教ブログ

kaneniwa.exblog.jp
ブログトップ
2012年 01月 22日

草仏教掲示板(38) 大丈夫 しんぱいするな なんとかなる

b0061413_22341685.jpg 一休さんの師匠の書がうちの寺にある。ただ、金銭的な価値はあまりない。なぜならその書は真筆であることは鑑定済みであるけれども漢詩が書かれたものが半分に切り取られたものであるから。なぜ半分なのかわからないが、もしかしたら残りの半分をうちの寺の由緒に関係ある寺院がもっているのかもしれない。私が居る寺は450年前に加賀の国(石川県)からなぜか新潟県に移転してきている。一休さんと蓮如上人が親友であったことは事実であるようなので、そのことと関係があるのかもしれない。それらは謎であるのだが一休さんにはそういうわけで親しみがある。法語の言葉は一休さんの口癖であり最後の言葉とも言われているものだ。心配しなくていいのならそんないいことはない。心配しないようにしながらも必ず何かを心配して苦労しているのだ。ただ、時代を隔てた中世の方であろうと、宗派でいうならお他宗の僧であろうと、そう言ってくれていた人がいるというだけで励まされることもあるのだ。もっとも、この言葉を新年(というよりも実は年末から)から掲げつつも、一休さんさえ想像だにしなかった原子力発電所の事故に対して、私はこの言葉を口には出来ない。数万年経てば何とかなるのかもしれないが、何ともならないかもしれない。もうひとつ、蛇足だが「大丈夫」という言葉を日常で耳にしすぎることが気になる。確かに OK?とか All right? に相当する日本語は「大丈夫」ということになってしまうのだろうが、ファミレスでメニューを復唱されて「以上で大丈夫でしたか?」というような形で耳にする機会が年々増え続けている気がしている。私だけ?妄想?しかし、私の身や立場を心配されての「大丈夫?」には感謝しつつも、ものすごく軽くなっている「大丈夫」という言葉を心配している。日本語、大丈夫?

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2012-01-22 22:56 | 草仏教


<< 残念なJRのダイヤ改正(今年の...      2年前に欲しかったギターと実際... >>