2012年 02月 10日

(私が知る)京都木屋町三条・池田屋の歴史

b0061413_2133254.jpg 池田屋事件、あるいは池田屋騒動として幕末の歴史に名前が刻まれている幕末の長州藩や土佐藩などの尊王攘夷派が潜伏していた旅館があるが、新撰組が乗り込んだ後に7ヶ月の営業停止となっている。その後、再開する動きはあったものの池田屋旅館は廃業している。今では「池田屋騒動之址」(写真)と刻まれた子どもの背の高さぐらいの石碑が建っているだけである。この鴨川に近い三条木屋町の旅館・池田屋があった場所について、私が知る限りの歴史を語ろう。私の学生時代、この場所はテナントビルであったが、そのテナントビルが取り壊されてパチンコ店になった。すぐ近くに行きつけのレゲエバーのRUB-A-DUBがあるので(RUB-A-DUBはつい最近も行ったが健在で、もうすぐ開店26周年パーティーがある)その店が開くまでパチンコをやっていたこともけっこうあった。尊王攘夷派と新撰組が壮絶な斬り合いをしていた場所で、私はパチンコの真剣勝負をやっていたのだ。何かが加勢してくれていたのか、けっこういい勝率だった。10年ぐらい前だと思うが「トリビアの泉」というウンチクというか雑学系の番組で「池田屋騒動の池田屋は今はパチンコ屋になっている」ということが紹介されてて、かなりの数の「へぇボタン」が押された。それから数年後にパチンコ店は潰れていた。それからの動きは激しく、この場所にはオシャレ系のカフェができていたのを記憶している。それがすぐなくなって2009年には居酒屋チェーンのチムニー(設立当初は流通のイオングループであったが、これまた現在はアメリカのカーライル・グループ)が経営する「海鮮茶屋 池田屋 はなの舞」が開業され、旅館ではなくて居酒屋ではあるが、これで約150年ぶりに「池田屋」の名前が復活することになったと思う。そこで事件や騒動がないことを祈る。なお、先週この場所を訪れて確認してみたのだが、パチンコ店であった時代の同じ敷地内(ということは池田屋事件の池田屋の敷地内)であったであろう隣の敷地に「シャルマ 河原町三条店」というものができていた。インド料理というか、カレー屋さんである。池田屋騒動の後、この場所は(私が知る限り)そういう歴史を経てきているのであるが、幕末の歴史ファンの方は尊王攘夷派を気取って居酒屋の「池田屋」で一杯やってもいいと思うし、明治維新・文明開化を経て日本に入ってきたカレーを食べるというのも味わい深いことであろうと思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-02-10 21:36 | 草評


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