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2012年 03月 07日

イーゼルを楽譜台に

b0061413_23344236.jpg いろいろな道具を本来の使い方ではない用途に使うことが習性というか、大好きである。昔から私は学習机に中華料理店の回転台が付いた食卓を欲しがった。回転台に辞書類を並べ、国語や英語の辞書や理科の参考書、社会化の資料をグルグル回して手元に引き寄せれば実に効率的だと思ったのだ。パソコンのなかに百科事典も辞書も入っているような今の時代では不要であるが、今でもなかなか悪くない考えだったと思う。逆に、パソコン時代の初期には今のようにマルチウインドウでいくつものソフトを表示できなかった時代には、折りたたみ式の楽譜たてにノートや資料を広げ、それを横目で見ながら何かの文章を作成していたりしたこともあった。大袈裟に言えば唯識というものを持ち出すことになるが、中華テーブルは中華料理を食べるもの、楽譜たては五線譜を置くもの、というものは私の頭のなかの意識が勝手に取り決めている固定概念というようなものである。すべての品は(特にプロレスのマットの上に置いてあれば)凶器として使える可能性があるものばかりであり、すべての武器は音さえ鳴れば楽器になりうる。

b0061413_23345946.jpg 固定概念をとっぱらって飲食店の店先用のメニュー表示用などに使われるイーゼル、スタンド類を眺めてみれば、逆にこれらは楽譜たてとして優秀なものが多いような気がしてきた。風雪に耐えられる店先用は、アウトドアに持ち出す楽譜たてとしても極めて有用である気がする。欠点はもちろん折りたたみができないことだ。キャスター付きのものなどはオーケストラの皆さんが使うにしても2列目以降の演奏者は使うことが困難であろう。第一、基本的に楽譜たてよりもずっと重いものが主流である。ただ、モノによっては黒板にもなり、なおかつノートやメモが立て掛けられるようにもできており、なおかつご丁寧にそれを照らしてくれるライトまで付いているものまである。衝動買いにまでは至らなかったが、いつの日かこの分野から楽譜たてとして出会うものがあるような気もしてくるのであった。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-03-07 23:57 | 雑草


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