2012年 04月 08日

街年齢

b0061413_0105757.jpg 「街年齢」という言葉があるのかないのか分からない。大きくいえばコールドラッシュに湧いた時代とその後の佐渡ヶ島や炭鉱の街というのもあるけれども、もうちょっと身近に「駅に降りる人たちの平均年齢」ということにしてみようか。地方のほとんどはよっぽどの新興住宅地でもない限りはじわじわと街年齢を上げ続けている。私の年代(40歳代後半)で東京といえば「原宿」というイメージを持つ人は少なくない。よくわからないが、休日のJRの原宿駅に降りる人の平均年齢は1980年からジワジワと上がっているのではないだろうか。「成熟した」とも言えるし「老いた」とも言える。「おばあちゃんの原宿」(という言い方自体古いのかもしれない)である「巣鴨」はどうだろうか。テレビでは老齢の方の意見を拾うインタビューの場としてよく巣鴨が登場する。地蔵通り商店街の道筋は、旧中仙道でありもともと商業的に栄えた街であった。ただ、この巣鴨の街にとってとげぬき地蔵で有名な高岩寺は街を語るに欠かせない存在となっているのだが、昔から大勢の参拝客が押し寄せていた寺院かというと、それはどうだろうか。思うに「心のトゲも抜きます」という近代に入ってからの名コピーの存在がかなり大きかったのではないかと私は思っている。その巣鴨は街年齢をこのままさらに上げ続けるのかどうか。 さて、本題は「秋葉原」である。学生の頃、主にオーディオ機材を見に秋葉原に立ち寄っていたが、もともとオーディオ好きというのが学生としては背伸びをしているというか、簡単に言えばオヤジっぽい嗜好のようなところがあり、無線関係も含めて極めて専門的な製品やパーツを売る店が路地も含めて立ち並ぶ魅惑の街であった。ところが、今から3年ほど前などは外国人観光客も含め「東京のなかで若者たちがいちばん立ち寄りたいところは秋葉原」ということになった。街年齢がグッと下がったのだ。それが、今年の2月に2年ぶりに立ち寄って、これまたずいぶんと変わった。無差別殺傷事件の後にも一度寄っているが、震災後は初めて立ち寄った。2年前から消費者物価指数の調査対象から携帯オーディオ以外のオーディオ製品が除外されたことは知っていたが、馴染みのピュアオーディオを扱う店舗がほとんど無くなっていた。「それなら和風メイド喫茶に行って、大学の学園祭の茶道部の茶会に寄るノリで抹茶を飲んで行こう」と思ったが、私の知っている場所に2年前にはあったその和風メイド喫茶というものはなかった。一時期の乱立具合が凄すぎたせいもあるが、メイド喫茶というものはかなり下火になっているなぁと感じた。パソコンや電気製品を買う人の挙動も以前とちょっと違う。とても穿った見方なのかもしれないけれども、多くのひとたちは実際の商品の質感などを見に来ているだけではないかなぁと思った。それを考慮して、自宅に帰ってからネットさらに価格調査し、ネットで買うという人がほとんどである気がした。私は、自分で言ってはいけないのだけれども「律儀」という一面があり、「PC用のスピーカーを必ず買って帰るから納得いくまで試聴させてくれ」と言ってかなり重いスピーカーが入った箱を宅配を頼むのではなく持って帰った。他にそういう人の姿はとても少なく、自分はオヤジだなぁと思ったり、日本語が上手な東洋系観光客に見えるのかなぁと思ったりした。ようやく写真の説明に入れるが、JRの秋葉原駅に行って振り返ると写真のビルが目に入った。一階がオヤジ率が極めて高い立ち食いソバ(店舗によっては椅子席もあるところがある)の「富士そば」があり、二階から上がメイド喫茶になっている。何だかこの場所に興味をもってしまった。数年前から突如若返った秋葉原は、富士そばの客とともにまた再び街年齢を重ねていくのだろうと思った。 長文ブログにさらに蛇足を加えると、御茶ノ水の楽器街では「ガールズバンドブームというのはホンモノだな」と単純に感じた。どうも女性を意識した楽器のディスプレイ、女性が楽器をはじめるための教則ものが多く目に入ってきたのだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-04-08 01:15 | 草評


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