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2012年 04月 16日

iPad(新型とiPad2)の斬新な使い方、思いもよらぬ変な使い方を考える

仏教の「唯識」というものを勉強したことがある。
勉強したってほどではないか?
10年ぐらい前には京極夏彦の『姑獲鳥の夏』に「唯識」が出てきて、
「おおっ!」と思ったことがある。
何とトリックというのか、推理小説としての肝の部分に
「唯識」を使っているではないか!

とは言っても、「唯識」を語るには10年早いと自分でもわかっている。
まあいいか、話をすすめよう。

机の上にボールペンが置いてあった。
大谷大学文学部第一研究室の机の上だった。
先輩がそのボールペンを持って
「加藤くん、これは何だ?」
と尋ねてきた。
そのボールペンを使って落書きなどのいたずらをした覚えはない。
「それは剣よりも強い私の可能性です」などと作家志望でもないのに
答えたらいいのか?
何だかわからないが、私らの世代の中学1年生の英語の教科書に出てくる
最初の言葉である
「This ia a pen.」
という言葉は荒井注のギャグ以外にどこで使えばいいのか
わからなかったが、ああ、使う場面が来たのだなぁと
「それは、ボールペンです」
と当たり前に答えたのであった。
「こうすればどうなるんだぁ!」
と、先輩はそのボールペンの先を大工道具のノミを持つ手つきで
私の目のすぐ先に向けた。
「ひぇえええええええええええ!」
と、軽い先端恐怖症(先端フォビア)である私はのけぞった。
先輩はちょっとカッコつけながらこういう話をした。
「いいかい、これがボールペンだと思っているのは、単に君の意識がこの物体を
 ボールペンであると認識しているに過ぎないのだよ。君の意識や認識と無関係に
 これが凶器になるということもあり得るわけなのだよ」

というようなことを教えてくれた。(ようだ)

書きながら思ったが、これは唯識という学問なり哲学の影響だというと
カッコ良すぎて、単に私の「変人」の気質のせいかもしれないが、
長期間このブログを読んでくださっている方々は、
私がいろんなモノを本来の目的とはちょっと違う使い方をして
楽しんでいることをご承知であると思う。
ともかく、モノを見る眼は常識的であるということも平穏な生活を
送るためには必要なことでもあるが、時には先入観をなるべく取り去って
モノを見つめてみたいものだ。
今までの先入観を捨てて、家のなかでいちばん欠かせない存在となっているのが、
この数年間では何といっても  である。
我が家では 「足るを知る」 という仏語と並んで
「樽を知る」 という格言が生まれた。

さて、先月発売された新型iPadである。
ボールペン事件以来「凶器としてどうか?」と考えてしまう。
なかなか強力な凶器となり得るが、人を殺めたり傷つける道具ではなく、
やはり「遊び」も含めて人を育んでくれる道具であって欲しい。

先入観を取り除いての私のチェックポイントその1である
(1) 食べられるかどうか?
と家電量販店(ダダダ電機)で新型iPadをまじまじと見てみた。
ダメだ。食べられない。そしてそれに準ずるチェックポイントである
(2) 出汁を出すものかどうか?
という眼で見つめてみたが、これは出るだろうが、最初のチェックで
食べられないとわかっているので今回はこのチェックポイントは無用だ。
(3) 楽器としてどうか?
という視点は、これは入れるアプリですでに定評もあり、光るものがある。
(4) 食器としてどうか?
という視点は、いつも常にもっていたお陰で今回の考察には役だった。
(5) モノボケの素材としてどうか?
これも発見があった。

その他、私のいくつかの思考のチェックポイントをもって
次のような使い方が可能か不可能か?と問われれば可能と思ったので
関心がある方には是非ともお読みいだいてご意見を伺いたい。
さらに斬新な使い方がこのブログ記事から生まれたら幸いだ。




1) 自分がよく言うセリフを20ポイント以上の文字で打ち込んでおき、
   実際にそのセリフを言う時に顔の下あたりに掲げて
   「なんちゃって(テレビの)テロップ」とする。
   また、その考えて方のバリエーションとして、
   カラオケでよく歌う曲などは歌詞を打ち込んでおき、同様に使う。
   これまたバリエーションであるが、野球場やプロレス会場での
   メッセージボードとしても、試合展開によってメッセージが
   変えられるので便利だ。
   
2) お盆、トレイ、皿として使う。
   謝礼を渡す時、年始の挨拶、粗品進呈などの際のお盆には最適だ。
   絵柄は尾形光琳作の国宝であろうと、洋風ならルーブルやニューヨーク近代美術館
   や大英博物館の秘蔵品であろうと、画像を登録さえしておけばなんでもありだ。
   また、自分のカップにコーヒーや紅茶を注ぎ、iPadの耐熱の問題があるので
   少し冷ました後に、マイセン(トンカツのマイセンじゃないよ)でも
   リモージュでもウエッジウッドでも保存してあるお好きなお皿の画像を出し、
   鼻歌を歌いながら親指と人差し指で拡大したり縮小しながらマイカップの
   大きさに皿をピタリと合わせる瞬間は快感に違いない。

3) ランタンとして使う。テントのなかでオイルランタン、ガスランタンを
   使用することは危険だ。通常、オイルランタンなどはテントの外に置き、
   テントのなかでは電池式のランタンを置いたり掛けておくのが
   従来の縛られたアウトドアライフであった。
   しかし、オイルランタンやガスランタンの写真を新型iPadで撮影しておき、
   テント内に飾っておくという使い方が閃いた。
   フル充電で10時間持続してくれるらしいので実用上十分だ。
   これでバーチャルながらオールドコールマンであろうと
   snowpeakであろうと、お気に入りのランタンの明かりで
   テント内を照らすことができるようになる。

4) タンバリンとして使う。ドラムスのフルセットのアプリを手に入れ、
   練習しつつスネアドラムを中心に練習すればかなりのリズムパターンが刻める。
   ただ、机の上に置いたり、バイオリンのように肩の上に乗せるようでは
   従来からきっとあった使い方なので面白くない。
   あくまで高性能な電子タンバリンとして使ってみたい。
   徹底するために周囲にリアルな鈴も付けたい。
   ただ、気をつけなければならないのは、新型iPadはiPad2に比べると
   わずかだが厚みが増え、重みも増している。
   だから、新型iPadをゴンゾーのタンバリンさばきのような所作で
   扱うためには左手の握力を鍛えなければならない

5) 演劇の小道具として使う。いちばんの適処は白雪姫での鏡。

6) iPod touchとして使う。スウェットなどの大きなポケットに無理やり
   詰め込み、電車に乗る。がんばって片手で操作しつつ
   「いやぁ最近のiPod touchは大きくなりすぎちゃって困ったなぁ」
   と大きめの声でつぶやき、女子高生などの笑いを誘う。

7) 暖房具としての可能性も追求してみたい。
   今年のような厳しかった冬にはカイロとして使う。
   薄型であり、お腹の全域を冷やさずにすむ。
   温度も熱すぎない発熱具合なのでちょうどいい。
   それでも低温火傷が心配な方は新聞紙にくるむといい。
   クルム伊達公子だよーん!寒い?
   ちなみに、ダジャレとしても密かにカイロと回路をかけてある。
   寒くないかい?
   小さいお子さんは真似しないように。

8) 40台のiPadを買い揃え、寺の本堂で将棋をする。
   従来の将棋では「歩」が「と金」に成る時には駒をひっくり返すのであるが、
   このiPad将棋の場合は画面をスワイプして「歩」を「と金」に華麗に転換させる。
   飛車が龍になる場面などはハイライトシーンとして41台目のiPadで動画撮影して
   YouTubeに投稿する。
   なお、iPad将棋の特別ルールとしては制限時間は決まっていないが
   時々充電をする王将役のiPadをのぞいて、充電切れになってしまった
   駒(iPad)は無効となって没収される。
   逆に、獲得した駒(iPad)は次に盤上(畳)で戦術上使うまでの間、
   F−1レースでのピットインのようにクイック充電ができる。
   そのルールの上での駆け引きとタフな知性の攻防は見ものである。

9) 純正ケースに入れた状態でiPadをメインに使用している
   デスクトップパソコンのマウスパッドとして使用する。
   特に、そのパソコンがiMacであればWの意味でiPadであり、
   実はこれがいちばん正しい使い方かもしれない。

先週、実際に新型iPadを買おうと思ったのだが、
しばらくこの 「新型の新しい使い方」 というものを現物を持つ前に
考えてみたくなった。
あと3つぐらい思い浮かんだら買うつもりだ。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-04-16 02:31 | 草評


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