2012年 05月 21日

コッヘル172番 焼き筍、蕗の葉炒め添え

b0061413_0381227.jpg 人は言葉を使う生き物である。言葉、それもたったひと言によって人は傷つき、ひと言によって励まされもする。だから、言葉は大事だよぉ。さて、境内の竹やぶの手入れは大変である。秋冬の笹の枯葉の整理なども併せ、年間の管理は大変だ。でも5月は筍の収穫の時期。年間の苦労が報われる時期だ。ただ、筍を掘り採ることもけっこう大変だ。でも、スパっと採れた時には快感もある。ところが、筍の皮を剥くという作業はなかなか苦痛であった。採る時ほどの快感もなく今までの私にはひどく単調な作業のように思えた。ところが時代劇のバカ殿や悪代官の口調で「よいではないか、よいではないか」と言いながらその作業をしていると楽しくなった。言葉は大事だよぉ。まるでさーびしかった僕の庭にバラが咲いたみたいだ。イマジン!「よいではないか」のひと言で、単純作業だと思い込んでいた辛くて単調な作業がクセになるほど面白いことのように思えてきたのだ。

b0061413_0383154.jpg さて、このコッヘルシリーズももう3年目のシーズンを迎えるのであろうか?毎年、5月には筍料理がコッヘル上にのる。素材としても今までいちばん使っているのが筍であり、料理法ということではほぼ出尽くしている感じもする。何かいい付けあわせはないか?と思えば、探すまでもなく、竹の根本に蕗が生えているではないか。さーびしかった僕の庭にバラは咲いていないが、植物であるのに何だかカモがネギをしょって歩いてきてくれているようだ。30メートル以内での地産地消。慌ただしいので写真はないが、実はこの筍は皮つきのまま焼いたものをカットした。皮つきの筍を軍手で「よいではないか、よいではないか」と剥いていったのだ。剥いて白と黄色の中間の地肌が現れ、蒸気した湯気までが上がると私は悪代官のような笑みをもらした。そして、ごま油で炒めて醤油で味付けをした蕗の葉を添えた。蕗の葉っぱはともかく、蕗の茎の皮を剥く時のいい言葉はまだ見つかっていない。探し求めてはいるが、まだ見つかっていない。まあ、それもいいではないか。


マーヒー加藤

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by kaneniwa | 2012-05-21 01:19 | 草外道


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