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2012年 06月 12日

包丁は調理に使う道具だよ 人を育てる道具だよ

この数日、いいニュースと悪いニュースが同時に飛び込んでくる。
昨日の月曜日は新聞の休刊日であったこともあり、
今朝になって一気にいいニュースと最悪のニュースを同時に眺める。

いいニュースは、やはりスポーツの分野からが多い。
広島カープの前田智徳という天才打者。
代打専門で今季すでに10打点をあげている。
両足の古傷がなければ…という思いもあるが、
その怪我から立ち直り、古傷を抱えながらの代打稼業は素晴らしい。
広島開催は今年はないのだが、
是非ともオールスターゲームという一期一会ワールドでのヤマ場で
「代打前田!」
と告げられ、
「このシーンなら4番に替えたって前田登場があたりまえだ!」
という歓声が球場いっぱいに響くシーンを見たいものだ。

マリア・シャラポア(ロシア人・プロテニス選手)が全仏オープンを制覇。
これですでに優勝している全英(ウインブルドン)、全米、全豪とあわせて
生涯グランドスラム(まだ26歳のシャラポアに「生涯」という言葉もどうかと思うが)
という快挙を達成した。
私の妻の通称と混同しやすいので、マリアと気やすく呼ばせてもらおう。
マリアがテニスというスポーツと出会ったのは、何という運命だろうか、
チェルノブイリ原子力発電所の事故による引越しがきっかけである。

最近、ワールドカップ最終予選などでサッカー
(今夜もオーストラリア戦を見なきゃなぁ、ハモネプ芸能人大会は録画だな)
を観戦していても、野球やテニスを観戦していてても、強く思うことがある。
地球から石油が枯渇しても、サッカーも野球もテニスも、続くな。
満員のスタジアムでナイター、ということはなくなっても、
全世界で何十億人がテレビ観戦できるということはなくなっても、
電気がない時代からやってきているスポーツは、なくならないな。
妙に感傷的な気持ちでもあるが、その確信を強くもつ。
ゲームは続く。スポーツは続く。音楽も続く。

そんなマリアの歴史的な偉業を讃え、地球規模、有史規模の記述をした後で
何というか週刊誌的な記述で何だが、マリア・シャラポアの全仏制覇の
要因のひとつに、マリアがトレーニングの拠点にしている
フロリダのテニスセンターに、デビューの頃の彼女を献身的に
指導してきた中村豊トレーナーが復帰したということがどうも大きいな。
17歳での鮮烈なデビュー当時のマリアの妖精の輝きもさることながら、
26歳の今は、また違った美しさだな。

さて、悪いニュースは、対照的にモヤモヤしたまま書かなければいけない。



また悲惨極まりない無差別殺人が起こった。

幼い生命と未来が奪われた池田小学校の事件を忘れない。
犯人が守(まもる)という、事実と相反する名前であったこともショックだった。
子ども好きの歯医者さん、就職が決まっていた音大生、
商売道具の包丁を買いに来ていた板前さんなど、
秋葉原の街を歩いていた人たちが次々と
刺殺されていった秋葉原の大惨事を忘れない。
犯人が智大(ともひろ)という、とても仏教文化にあふれる
素晴らしい願いがこもった名前であったことも痛烈な皮肉であった。
サバイバルナイフという、本来は自分が生きるための道具を使って
不条理な無差別殺人という大悲劇が起こった。

10日の午後1時、覚醒剤取締法違反で新潟刑務所に服役していて5月下旬に
出所した礒飛京三容疑者は、大阪の東心斎橋の路上で、
「人を殺せば死刑になると思った、誰でもよかった」
という不条理な理由で二人の人を殺害した。

元ロックバンドのボーカリストである正義感の強い音楽プロデューサーと、
従業員が病気になると自宅まで食事を運んでいたという
人がよくて優しいことで評判の心斎橋のスナックのママが殺された。

「死刑になりたかった」という、同じような不条理な動機によって
犯行に及んだ小学生無差別殺人事件の宅間守容疑者は、裁判で刑が確定した後、
異例ともいえる迅速さで刑が執行された。

これでいいのだろうか?
確かに冤罪である可能性は、ない。
情状酌量の余地というものも、裁判を重ねたとしても極めて見出しにくい。
ただ結果として、死刑制度というシステムが犯行に利用されてしまったと言える。
執行の直前には、また別な心理状態になることだとは思うが
極刑が死刑であることを知った上での犯罪は不条理に不条理を重ねてやりきれない。
誰もが虚しい。

弁護士以外に、どのような凶悪犯とも接見できる役割に
教誨師(きょうかいし)というものがある。

私がもしも、担当(本人が教誨を求めない限りないことだが)教誨師であれば、
私は南野信吾さんが作り上げた音楽と、彼が育て上げたバンドの音を延々と聞かせる。
佐々木トシさんのお店の常連客の証言や、彼女のもとで働いていた人たちの証言を
あつめ、彼女がいかに素晴らしい人だったかを延々と説く。
どんなに素晴らしい人、世界、可能性を一瞬にして奪ったのか、
そのとりかえしのつかない重すぎる罪の一端でも自覚してもらうために
検察官や取り調べの刑事よりもネチネチと語りたい。

もっとも守秘義務に関してこれほど厳しいものは少ない
と言えるほどのこの役割についてブログで記している私に、
この役割が回ってくる可能性は限りなくゼロに近い。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-06-12 10:45 | 草評


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