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2012年 07月 15日

FAREWELL 大名古屋ビルヂング

b0061413_0291020.jpg 謹んで浄土真宗を案ずるに、大行があり大信がある。親鸞聖人において「大」の文字は、それ一文字で「如来」を現している。先月末のことであるが、ついに私は「大名古屋ビルヂング」の中に初めて入った。そして、大名古屋ビルヂングの大屋上ビアガーデン(その名もマイアミ)においてビールの大ジョッキを何杯も飲むという幸を味わったのであった。大名古屋ビルヂング、まずはこの名称が素晴らしい。他の都市を考えて「大札幌」「大横浜」「大広島」「大福岡」と、何だか「大」の冠が似合わない。大阪なんか「大大阪」となってしまって大の文字がカブっちゃう。しいていえば「大東京」という表現はあり得るが、シャチホコばり過ぎている。そうか!「大名古屋」という表現は、シャチホコっぽいからいいのか!新発見だ。そして「ビルヂング」の「ヂ」の文字もいい。何だか時代がらせん状にひとまわりしてかえって新鮮だ。学生時代に多少ご縁があった出版社で、茶道書、美術工芸、歴史文化、旅ガイド、更には料理本も出している「淡交社」という出版社のビル(京都市北区)が「淡交ビルヂング」であった。例えばViolinのことをヴァイオリンと表記してBとVの発音を区別してきたように、BuildingのDの音への思い入れが感じられる。(今でもワープロのローマ字打ちに名残があるなぁ)最初から脱線気味であるが、日本人は聞き取りにおいても話すことでも英語のLとRの発音の識別が苦手であるとよく言われるが、BとVもけっこう難しいと思う。アメリカのいたるところで酒のBourbon(バーボン)が通じなくて困った。色々な発音の試行錯誤で試してみても「Pardon?」と聞き返される。ある日、酒のバーボンは何とブルボン王朝のBourbonと綴りが同じであるという(私にとっては)衝撃的な事実に気がついた。やっぱり辞書はひいてみるべきだ。ワイルド・ターキー(バーボンの銘柄)もブルボン・ルマンド(お菓子)も同じBourbonだったのだ!で、ある日意図的に「ブルボン・プリーズ」と言ったら「フォアローゼスでいいか?」と言われた。やっと通じたのだ。ブルボンでバーボンにありつけたのだ。ま、今の私ならわざわざ冒険はせず、最初から「ワイルド・ターキー・プリーズ」とか、銘柄で言っちゃう。 さて、地上12階で地下4階。地下はあの名古屋の大地下帝国とも連結した大名古屋ビルヂングにいよいよ入る。出張先などで独り呑みには慣れている方だとは思うが、カウンターがある居酒屋やバーではなく屋上ビアガーデンでの独り呑みはキツイ。

b0061413_029362.jpg 今回の大ジョッキを交わすビアフレンドにして大名古屋の案内人は草仏教ブログでもおなじみの屁無頼さんである。日本夜長(やちょう)の会の会長にしてバーベキュー伯爵。そのマイ・ビア・フレンドの屁無頼さんと最初に知り合ったのはmixiのスキレットのコミュニティであった。その屁無頼さんとジョッキング(造語でジョッキを交わすこと)ができると同時に、ビアガーデンという場で炭火バーベキューを共にすることができたのである。学生時代に京都のBALビルのビアガーデンで先輩におごってもらった時に「うわぁ、屋上ビアガーデンというのはすごく久しぶりだなぁ」と思って以来のすごく久しぶりの屋上ビアガーデンであった。 日本夜長(やちょう)の会というのは機知に富んだ素晴らしい名称である。私も対抗して過激派茶道集団・野寝炭(のねずみ)というものを結成したくなった。茶道の野点(のだて)には過酷な場所ばかりを好んで炭で湯を沸かし茶を嗜み寝袋で寝る。最終目標は淡交ビルヂングでの編集会議を経て茶道本を出版するのだ。 さて、屋上ビアガーデンでは何となくハワイアンバンドの生演奏なんかがあると思っていたが、まず特設ステージで黒人ラッパーがラップをやっていた光景とサウンドが目と耳に入ってきた。ホワイトソックスのビジター用のウェアを着ていたのでシカゴ出身なのかもしれないが、黒人演歌歌手のジェロはピッツバーグの出身なのにヤンキースかメッツの帽子をいつもかぶっているし、わからんなぁ。

b0061413_0301689.jpg さすが大名古屋の屋上ビアガーデン!メニューが百種類以上あったのではないかなぁ?しかしバーベキュー伯爵の屁無頼さんと一緒なので炭火でのバーベキュー、しかもマグロのカマ、エビ、ホタテなどシーフードを中心にしたフォーメーションを七輪上に配するという采配をした。大名古屋ビルヂングは三菱地所の建物であるということで、もしかしてビールはキリンビールだけしかないのではないか?(大人の事情)という杞憂を抱いていたがそんなことはなく、アサヒ、サッポロ、サントリー、キリンと、あと外国の銘柄も含めて、かなりの種類の生ビールのブースを渡り歩いた。あ、今気がついたけどこのビアガーデン、屁無頼さんにおごってもらったんだな。ちゃんとお礼を言っていたかなぁ?かなりの量のビールを飲んだのでちゃんと覚えていないんだなぁ。大名古屋ビルディングの大ビアガーデンなので、老若男女が集っているのだが、やっぱり比較的若い人達のグループが目立った。すぐ近くで対面している屁無頼さんとその喧騒に負けないように大声で話すという行為自体も何だか久しぶりだ。この感じは大阪梅田の「百番」か?大阪鶴橋の「つる一」か?とにかく、この喧騒の感じが実に大名古屋であった。

b0061413_0303471.jpg サントリーのプレミアムモルツの生ビールを飲みつつ、ふと誰かに見られている気がして見あげれば、そこには名古屋マリオットアソシアホテル (地上52階)のツインタワーがそびえていた。なるほどぉ、そこからの視線のようだな。名古屋のマリオットホテルの高い階の大名古屋ビルヂングが見える部屋に泊まってビアガーデンを見ていると、どんな気持ちになるのだろうか?何となくだが「平成の時代から昭和を見る」という感覚になるような気がする。そこ(マリオットの部屋)から人々を眺めて「みんな、僕のためにありがとう!」(王様の発想)と言ってみたい気がする。地上12階建ての大名古屋ビルヂングは老朽化にともない建て替えられる予定である。大名古屋ビルヂングの全体の完成は1965年であるが、1962年にビルの正面中央部分、1963年にビルの左側部分、1965年にビルの右側部分と、三段階に分けて完成させている。このビルの年齢は、私の年齢に近いわけだな。…うう、老朽化かぁ。このビアガーデン「マイアミ」はビルの建て替えに伴って撤退が決まっているそうだ。それがビアガーデンとして「発展的解消」となるのかどうかはまだわからない。そして「大名古屋ビルヂング」という愛すべき名称も継承されるかはわからない。(どうも継承されれない気がするなぁ) ただ、最後になってからやたら大上段に構えたことを書くと、日本は原発のエネルギーにさほど依存しなかった時代の良さにもっと目覚めていいのではないかと思った。単なるレトロ好みや懐古的発想ではなく、12階建てを「大」と呼べる程良さというか、12階建ての屋上の風の心地よさにもっと積極的に目覚めていいのではないか?と思った。時には江戸時代の情緒に浸ったり原始人が感じた喜びの世界に帰ることは大賛成であるが、社会全体が江戸時代に帰ることは無理だ。電気がなく情報が伝わりにくい国々に民主主義が根付きにくいのも事実である。でも、原発へのエネルギー依存度が10%以下であり、しかもその大部分が過剰であった1980年以前あたりのところなら積極的に帰ってもいいのではないかと思った。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-07-15 02:04 | 草評


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