草仏教ブログ

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2012年 07月 31日

宗教的戒律とスポーツ(というと論文みたいなタイトルだが…)

b0061413_23145613.jpg 先日のロンドンオリンピックの男子サッカーのモロッコ戦は1−0で日本が勝ってベスト8進出というか、予選通過を早々と決めた。しかしモロッコが意外と試合終了間際まで強くてしぶとかった印象もある。なぜならイスラム教徒の選手(モロッコのサッカーチームはほとんどそうだという)は、ラマダーン(Ramazan ‎)の月間中の規律の一つである「日の出から日没までの間の断食」を厳格に守っており、その日の朝からモロッコ選手は何も食べず、一滴の水も飲まず試合に挑み、試合前試合中、ハーフタイム、試合後も、日が暮れるまでまったく給水しなかった。もしもハーフタイムにたっぷりと給水して後半ガンガンきたら(けっこうガンガンきていたが)あの試合はどうなっていただろうか?とちょっと考える。夏のオリンピックがイスラム暦のラマダーンの月あたりを狙っているわけではないが、その盛夏の時期に行われる(次回のリオは南半球ではあるが)ということは、アラーの神はイスラム教徒のオリンピック選手に大変な試練を与えているのだと感じ入る次第である。 現在も陸上競技の男子三段跳びの世界記録保持者であるイギリスのジョナサン・エドワーズ(Sir Jonathan Edwards)は経験なクリスチャンであるが、1991年の世界陸上東京大会で、競技日が日曜日だったため「日曜日は安息日であり、私は神の定めた安息日に競技を行うことはできない」として欠場したことにはビックリした。多くのスポーツ愛好家にとって日曜日というのはむしろ「スポーツを楽しむ日」という認識の人も世界中で多いぐらいなのに(私は職業柄、ちょっと違う)、期待される三段跳びの競技に安息日の日曜日だから欠場するという、その敬虔さというか厳格さの質にビックリしてしまった。世界中の神父さん、牧師さんが「今日は安息日だから仕事はしない」などと言い出したらどうなっちゃうの? さらにちょっと古い話ながら、私と同年代のマラソンファンは1983年の福岡国際マラソンで瀬古利彦選手と最後の200メートルは短距離走のようなデットヒートをくりひろげ、3秒差で2位になったジュマ・イカンガー(Juma Ikangaa)という人を覚えていると思う。イカンガーは宗教上の理由で「左手で水を持ってはいけない」というような戒律に生きている人であり、福岡市の公道の左側に置かれた給水のための水をすべて不規則な動作でわざわざ右手で取りにいっていた。私の記憶では不規則な動作をした上に1回給水をとりそびれたシーンもあり、もしもスムーズに左の手でとっていれば3秒差はわからなかった。 最後に細かい情報だが、2012年に第6回南魚沼市縦断駅伝競争大会」(新潟県)があり、ゲストとしてその大会に関わっていたイカンガーは牧之庵という蕎麦屋さんで「宗教上の理由で私は蕎麦ではなく、うどんをいただきたい」と言ったそうだ。どんな宗教なんだろう?

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-07-31 23:58 | 草評


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