2012年 08月 11日

もうすぐ男子サッカーの3位決定戦(銅メダル争い)が始まる

b0061413_09850.jpg 相変わらず適当な写真がない時にはクラゲ写真。予選は総当りで4チームから2チームが脱落するリーグ戦であり、その後は8チームでのトーナメントとなるオリンピックのサッカーは、中二日で選手にとっては勝ち進むほどに披露が蓄積するハードな日程であるが、見ている方にも疲労が蓄積してくる。日本の女子の決勝戦(対アメリカ)と男子の準決勝(対メキシコ)は、いずれも「夜10時に寝て3時に起きる」という計画であったが、観戦している方も疲労が蓄積しているので「夜10時に寝る」というところまでは計画の通りであった。女子の決勝前などは計画よりも早く夜9時に寝たのだが、起きたら両日とも試合終了から1時間を経過している朝6時であった。テレビをつけるが、日本が勝っていたなら各チャンネルで何度もゴールシーンがプレイバックされ、渋谷のスクランブル交差点などで狂喜乱舞する人々なんかが放映されているはずなので、何だかその静かな様子で敗退を何となくだが「知る前に感じる」ということになった。「察する」とか「悟る」とか、いろんな言い方はあるのだろうが、情報として知る前にしみじみと感じるそのなかに、キックオフまでに起きることができなかった自身の敗北感も重なってしまい、これはとても淋しい感触だ。ウェンブリー・スタジアムで直に声援を投げかけているわけでもなく、私がテレビ観戦したからといって運命が変わっていていた可能性はまずないのだが、それでもまったく可能性ゼロなのかはわからない。選手は私の念力によって選手が動いているわけではない。それでも外したシュートを「あそこを私が蹴っていれば」と思うのと同じぐらいバカらしいことなのだが、「私がちゃんと見ていれば」という後悔は断ちがたい。 さて、勝ち試合と引き分けの試合しか見ていないので当たり前だが関塚隆監督が掲げた「一体感と躍動感」をテーマにしたサッカーは、特にスペインに快勝した初戦をはじめとしてなかなか魅力的であったように思う。 清武弘嗣選手などは、大分トリニータ時代に直に観たことがあるし(アルビレックス新潟戦)何といっても昨年あたりからA代表にも入っていたけれども、正直言ってこんなファンタジスタであるとは気がつかなかった。 実はここからが本題なのだがオリンピックとワールドカップはやっぱり違うなぁと思った。オーバーエイジ枠を除いて23歳以下であるということだけではない。これがワールドカップならば、ベスト4にアジアの両雄が入ったということだけで日本人も韓国人も大喜びである。2002年のワールドカップの3位決定戦はデグ大邱総合競技場で決勝リーグの初戦で日本に勝ったトルコが韓国と3−2の試合をやって勝った。日本代表がトルコに負けてから精神的に手持ちぶたさになったせいもあるけれども、日韓共同開催ということもあって韓国の快進撃を応援する日本人もたいへん多くいた。そしてデグ大邱総合競技場で負けた韓国代表は激戦をやり終えたばかりのトルコチームとともにデグ大邱総合競技場を一周し、それに観衆は万雷の拍手を浴びせた。みんな笑っている素晴らしい3位決定戦だった。「あの場にトルコ代表ではなく日本代表が立っていて…韓国代表と3位決定戦を闘いぬいた後にともに場内を一周していれば、どんなに感動的な光景だっただろうか?」と思ったものだ。数時間後、オリンピックの男子サッカーの3位決定戦がある。でも、ワールドカップとは何だか違うなぁ。銅のメダルがかかっているということもある。そして、どんなに感動的な好ゲームが行われたとしても、アジアの両雄が肩を組んでウェンブリーを一周することは考えにくい。韓国の大統領が突然、よりによってこのタイミングで島に上陸すると言い出しちゃって両雄というより領有がからんできちゃった。ともかく今日は起きて観るつもりだけれども、竹島(獨島)の領有権問題は考えず、90分間プラス数分間の時間だけはピッチのなかの空間の所有権とボールの支配権の争いだけをゲームとして楽しむことに専念したい。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-11 01:17 | 草評


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