2012年 08月 28日

泣きたくなったニュース 福島県内の子供36%に甲状腺のしこりだって?

b0061413_07317.jpg うちの子供たちの夏休みが始まると、7月下旬にうちの今年はすぐに海に行った。グズグズしているとお盆の準備期間に入り、海水浴ができる海は近いのに1回も海水浴に連れていくことが出来ず、後でブーブー言われる可能性が強かったからだ。1回の海水浴で数回分の満足感を与えるために、今年は少し遠出をして100キロほど車を走らせ、山形県鶴岡市の湯野浜海水浴場に行き1泊することにした。海自体は新潟と山形の県境から新潟寄りの海の方が透明度が高くきれいだが(特に笹川流れと言われる辺り)湯野浜海水浴場は砂浜部分がとても広く、泳ぐこと以外にも砂浜を駆けまわったりフリスビーをやったりと遊びまくることができ、私も妻も子どもたちも浜遊びを満喫した。海水浴場に着いてまず思ったのが、駐車場にある福島ナンバー、いわきナンバーの車の多さだった。そうだよな、明らかに過剰な放射線の心配がない場所で、特に子どもたちには思いっきり海遊びをさせてやりたいよなぁ、と感じた。そして、泳ぎ疲れた私は自分の子どもたちをはじめ、広い砂浜で遊びまわる大勢の子どもたちの姿を眺めていた。小中学生などの夏休みが最後半に入って、うちの10歳の息子は新潟大学の学生さんなどがボランティアを努めてくれていた新潟県の子どもたちと福島県の子どもたちを交流させ、特に福島県の子どもたちには過剰な放射線の心配がない場所で陽の光のもとで思いっきり遊んで欲しいというプログラムの1泊キャンプから一昨日帰ってきた。猛暑だったので熱中症の心配の方があったけれども、それでもオリエンテーリングや焚き火などを楽しんで帰ってきた。昨日、私は日航ホテル新潟の30階にある鳳凰の間で恩師の祝賀会があり、恩師の学事での偉業を100人の参加者で褒め称え、先生の奥さんをもっと褒めるという場を、これも思いっきり楽しんできた。


今年も猛暑の残暑がもうしばらく続きそうではあるけれども、
新潟駅の待合室の電光掲示板の一行ニュースを見るまでは、
とても暑かったけれどもいい夏だったという感触があった。
いろいろあったけれども、数年後にはいい夏だったと言えそうな、
そんな予感が電光掲示板に表示された一行で暗転した。

福島県内の子供36%に甲状腺のしこり

河北新聞によれば、福島県は県内の18歳以下、約36万人を対象に
甲状腺検査を順次進めており、
今年3月末までに実施した3万8114人のうち、
1万3646人でしこりなどが見つかっていた。

政府は27日までに、福島県以外の全国3カ所で、
18歳以下の4500人を対象に甲状腺超音波検査の
実施を決めた。


タイムマシンが本当にあれば…と思った。
最悪のシナリオの予兆はずいぶん前からあった。

2007年(平成19年)3月25日9時41分58秒に
石川県輪島市西南西沖40kmの日本海で発生したマグニチュード6.9の地震は、
震源地が北陸電力志賀原子力発電所にかなり近く、心配したのであるが、
何とその時に点検のために志賀原発は
運転を休止していたという危険回避の上でのラッキーがあったのだ。

2007年(平成19年)7月16日10時13分23秒に発生した、
新潟県中越地方沖を震源とするマグニチュード6.8の中越沖地震は、
数日後に毎日新聞に掲載された航空写真を見て驚愕したが、
海からの大きな地割れが原子力発電所の寸前のところで止まっていた。
この日に敷地内で起こった火事がずっと消せない状態というものが
全国にテレビ中継されていたのを覚えている人も多いと思うが、
今ならその理由がわかる。
例えば格納容器の健全性をギリギリのところで保つというような、
そういう間一髪の作業を、火事を消すどころではない危機感のなかで
やっていたと思うのである。

その2007年に戻ることができるなら、どんなに良かっただろと思う。
柏崎刈羽原子力発電所が、あの時に事故を起こしていれば、
(福島第一原発事故よりももっと大きな事故であった可能性もあると思う)
私が今住んでいる場所は福島第一原発からすれば飯舘村ぐらいの位置関係にある。

その危機感を「言ってみた」程度のことでなく、
何でもっと大きな声で言わなかったのだろうかと悔やむ。
タイムマシンがあれば、せめて2007年に帰って、評論家の口調ではなく、
親としての魂の叫びをはりあげたい。

「何人死ねばわかるのか?どれだけ被害者が出たらわかるのか?」


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-08-28 01:03 | 草評


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