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2012年 10月 03日

追悼記事(26) 憂歌団のドラマー 島田和夫さん

魅惑的な憂歌団のサウンドを思い浮かべる時、
木村充揮の「天使のダミ声」と
内田勘太郎のギターのサウンドが強烈な印象をともなって
思い出される。
しかし、ライブやレコーディングではアンプを通すとはいえ
憂歌団はアコーステック・ブルース・バンドである。
海外に目を向けても、憂歌団ほどアコーステックな音に思い入れが深い
魅力的なアコーステック・バンドはそうそうないと思う。
ベースの花岡献治、ドラムスの島田和夫のリズムセクションは、
ロックバンドとは違って前に出てくることはなくとも、
強烈でありつつアコーステックでもある憂歌団のサウンドの根底を支えていた。
ボーカルやギターの邪魔をすることはいっさいなく、
それでいてその楽曲の盛り上がりなり、味なりを最大限に引き立てる。
そのリズムセクションの「静かな凄み」のようなものの価値が、
長年かけてようやくわかりかけてきた。

その憂歌団のドラマーだった島田和夫(しまだかずお)さんが
お亡くなりになられた。

先週の木曜日までライブ活動をされていたはずなので、
最初は誤報かもしれない、誤報であれば…と思っていたが
facebookやTwitter経由で島田和夫さんご本人と
交流があった方々の追悼の言葉、悲痛な声が聞こえてきて、
元憂歌団のマネジャー・奥村宗久氏の発表もあった。

島田和夫さん(島やん)は
1954年3月19日大阪市港区生まれ。
小学3年で生野区へ移転。

1969年、大阪市立工芸高校入学。
高校3年の終わりに同期生の木村充揮、内田勘太郎による憂歌団の原型に参加。
ウエスト・ロード・ブルース・バンドなど京都のブルースブームの中で
「バッド・ラックBLUES BAND」を結成。

1974年に花岡献治と正式に憂歌団に加入。

スリーピー・ジョン・エスティス(Sleepy John Estes)
大塚まさじ&ツアーバンド
玉出JAZZオーケストラ
サミー&クラシックス
アズミ& COME 0N
友部正人
有山じゅんじ(有山 淳司)
塩次伸二
入道
ブルース・セット
シェイカーズ
GONTITI
高田マミ
チャビー・チェン
宮里ひろし
上田正樹
SUZI KIM
鮎川誠
シーナ
さかもと ふみや
石田長生
春野由利
遠藤ミチロー
BEGIN

などなど、多数のアーティストたちのツアー、セッション、レコーディング等に参加。

1993年頃から
サンバチームBANDA CAIPIでスルド(ブラジルの打楽器)を担当。
ハワイアンバンドやしの木ボーイズに加入。

1994年冬には仲井戸チャボ麗市と土屋公平のユニット「麗蘭」に参加。

1996年春には黒田征太郎とのパーカッションチームドンドコドン開始。
ダッキーズ結成。

1998年の憂歌団解散後も、神戸を拠点に活躍。
ROMEL AMADOと THE RED DOGS結成。
いやまあきのりとBoogie Woogie Piano Night結成。
OK BLUES SET結成。

多くのサウンドの根底を支えられてきた。
残された録音物、私の手元にあるのは憂歌団時代のものがほとんどであるが、
つい昨日まで耳にしていたドラムスの音が、刻まれるリズムが、
突然、何だか別な世界から聴こえてくるように思えた。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-10-03 01:48 | 草評


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