2012年 12月 05日

長時(George)と慈恩(John)

娑婆永劫(しゃばようこう)の苦(く)をすてて 
浄土無為(じょうどむい)を期(ご)すること 
本師釈迦(ほんししゃか)のちからなり 
長時(じょうじ)に慈恩(じおん)を報(ほう)ずべし


(親鸞聖人の『高僧和讃』のなかの善導大師を
 讃えて書かれた二十六首のうちのひとつ)

シャバダバもがいて苦しんだ
相変わらずのこの俺の
背中をあんたが押したから
どでかい道が見えたんだ
ずっと頭を下げながら
一歩一歩を踏みしめる

(マーヒー加藤・洋楽歌詞カード風超訳)

「長時」は「じょうじ」と読み、さらに儀式としての読みでは
「ジョージ」という感じで発声する。
ふと頭のなかでジョージ・ハリスン(George Harrison)を
連想しちゃった次の瞬間、
「慈恩」という言葉が、これまた発声としては
「ジョン」という感じで発声するので、
連想の連鎖とはいえ当然のごとく
ジョン・レノン(John Lennon)を思い浮かべた。

ポール・マッカートニー(Paul McCartney)が
70歳であるという事実はロンドンオリンピックの
開会式と閉会式で意識した。
矍鑠(かくしゃく)としたプレイ、というには失礼なほどの
若さを見せてくれたものの、70歳であるということもまた事実。
ビートルズエイジと呼ばれた人々がもはや若者ではないことも事実。
メジャー・デビュー曲の『LOVE ME DO』の音が世に流れてから
50年が経過したということも、これまた事実。
たとえば老人介護施設などで、
慰問に訪れたバンドから初期のビートルズナンバーが演奏されるのを
ビートルズエイジが聴くということがあってもおかしくない時が経ったのも事実。
ビートルズエイジと呼ばれた世代で亡くなられる方がいる、
そういうことから、最初は自分でも突飛だと思った連想ははじまったのかもしれない。

12月の上旬になると、12月9日の命日を中心に
ラジオなどから、ジョン・レノンの歌声を耳にする機会が増える。
ジョン・レノンが銃弾に倒れた17歳の冬に繰り返し耳にしたことと、
『Happy Xmas (War Is Over) 』という曲があることから、
どうもジョン・レノンはもちろん冬の風物詩などという存在ではないのだが、
私のなかでは冬を感じる。

さて、そんな感触をもとにビートルズを聴いてみると、
(特に多重録音などは駆使していない初期のナンバー)
不思議な感触にとらわれる。
ベース・ギターとドラムの音は
「今も生きている人がかつて出していた音」
であり、
サイド・ギターとリード・ギターの音は
「亡くなってしまった人が出している音」
なのである。
さらにそれが渾然一体となった音の塊に聞こえる時には、
「生と死の混ざり合った世界からの音」
というようにも聞こえる気がしてくるのであるが、
聞き方を少し変えるならば、
生と死の世界をつなぐものに聞こえてきたり、
生と死の世界の別を超えるものとしても聞こえたりする。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-12-05 08:36 | 草評


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