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2012年 12月 09日

最終の行方

12月5日に放映されたNHKの「クローズアップ現代」の特集
「お葬式がだせない。どうする、葬送の場」
の反響がすごいようだ。
この番組のゲスト解説者へのインタビュー部分は基本的に生放送であり、
再放送というものがない。
オンエア時に見ずに録画もしていなかったのに
会う人からコメントを求められて、まずはネットで放送内容を確認した。

放送内容の要点は老人人口が増えた関係で死亡者数が増加して、
火葬場(あるいは火葬場も兼ねた斎場)が受け入れられない状況が発生していると言う。
従来であれば3日か4日のうちには荼毘(だび)にふすことが可能だったが、
最近では半数以上が1週間以上待ちの状態になり、
場合によったら10日程度かかってしまうのだと言う。

首都圏、あるいは環首都圏がそういう状況にあることは薄々ながら気がついていた。
首都圏の「どこか」に火葬場(あるいは火葬場を兼ねた斎場)の新たな建設や設置が
必要であるのだが、その「どこか」という空想上の場所が具体的になった時から、
その計画は実行が困難となってしまう。

死体遺棄罪という刑法上の罪があるように
遺体、遺骨は決してゴミとか廃棄物ではないので、
この流れのなかで次のことを書くには心苦しいどころか
自分でも過激さに近いものを感じるのであるが、
核廃棄物の処分をどうするのかと思う。

もしも重大な原子力発電所の事故が起こらなかったとしても
(そうだったらどんなに良かったことだろうとはいつも思う)
そうだったら日本には新たに4基の原子力発電所が出来て、
そして日本全国の使用済み核燃料を保管しておく場所は
後1年ほどで満杯となる予定であった。

12月7日の「報道ステーション」という番組の11党首討論会で、
(クローズアップ現代は見逃したがこちらの方は見た)
司会者の古舘伊知郎が憲法改正やらTPPやら震災復興支援やら増税やら
大変に大事な問題を驚くべき短時間の間に次々と質問していくなか、
最後の方に
「核廃棄物の最終処分について具体的に考えている政党はありますか?」
という趣旨の質問を投げかけた。
まさに放送終了間際の質問であった。
政策の違いはもちろん各党首の将来構想がわかりにくいなかで、
その見解の違いを問うという意味でいい質問だと思ったので
「最初からその問題だけに絞って1時間やれ!」
と思った。

舛添要一氏が
「ツンドラ地帯など人が住んでおらず地盤が安定した土地に国際協力で
 もっていくべきだ」
という持論を語って、後は尻切れトンボであった。
ツンドラ地帯?
ロシアかアラスカ(アメリカ合衆国)か北極圏か南極圏か?
アラスカにはかつて核廃棄物(原子力発電ではなく核兵器とその実験で出たもの)を
そこに持っていく計画があったようだが、寸前のところで阻止した。
日本の核廃棄物をどこの国が受け入れてくれるというのだろう?
南極圏はどこの国の領土でもないということになっているが、
そこに核廃棄物をもっていって最終処理をするということになると、
ロケットに乗せて太陽に打ち込むとか、同じくロケットで宇宙空間に発射して
遠い星を周回する軌道にのせてしまうというような案にも近いSF的な発想であると思う。
(打ち上げや起動計算を失敗すれば、ジ・エンド)
ただ舛添氏を単にバカにしたくはない。
他の党首は時間がないせいもあったが何も言わなかったのだから。

その「報道ステーション」の党首討論会には出席していなかったようだが、
田中康夫氏は
「福島第一原発から30キロ圏内の方々に他の居住地を国家が責任をもって提供する」
ということを条件に(田中康夫氏を擁護するわけではないが、ここに力点を置いている)
福島第一原発の周辺地を最終処分場とする案を述べている。
これもまた、何も言わないよりはえらいと思う。
しかし地震国の日本のどこにも適した土地はないとはいっても、
「千年に一度」(この表現が正しいのかどうかは誰も断言できないが…)
という地震であったにしろ、プルトニウムの毒性がようやく半分ぐらいになる
25000年後まで、25回は大震災が起こりうる土地に人類全体を滅亡させ
得るほどの分量の核廃棄物を取り集めていいものだろうか。
そして当然ながら
「これ以上の汚染と生命を脅かす危機をさらに福島に押し付けるのか!」
という声は怒涛のごとくに巻き起こる。

他に「現在の原子力発電所がある土地」という案も
考えられる。考えられるというか、
最終処分の方途もまったく具体的に検討されないまま、ズルズルと先送りとなり
「とりあえず青森の六ケ所村の再処理工場も含めて今ある原発施設内で預かってくれ」
ということが毎年繰り返されるということも考えられる。
それを繰り返して
「無事に10万年が経過しました!」
というのならいいけれども、
何かあったら大惨事となる危険が全国に分散しているままである。

いちばん実現が難しいであろうが、
いちばん筋が通っているように思える意見は
「消費した土地で最終処分をする」
である。
つまり、ある意味においては契約のとおり
青森の六ケ所村の再処理工場で預かって保管してある使用済み核燃料は
預け先の各電力会社に返すというもの。
東京電力の使用済み核燃料は東京電力管内に。
関西電力の使用済み核燃料は関西電力管内に。

東京電力管内といってもほとんどが首都圏と環首都圏に含まれる。
東京というところを愛すべきところと思い、妻の故郷であり、
友人が多く住むところであり、恩のあるところであり、楽しい遊び場である
ひと言でいえば「好きな土地」であるけれども、この「筋を通す論」から
そのなかでももっとも実現しそうもない東京都の二十三区内を考える。
反対運動なんてものではないだろう。
(1) 多くの住民に生命の危機がある
(2) 土地の資産が大幅に下る
(3) 皇居がある
(4) 国会議事堂がある
(5) 霞が関がある
などなど、数え切れないほどの理由があがってくるだろう。
火葬場や斎場さえ新たに作ることができないところに
使用済み核燃料の最終処理施設などできるわけがない。
でも、
「じゃあ、他の場所ならいいの?」
と問うならば、そんな場所は日本のなかにない。
今の段階で世界のどこにもない。
「電力をいちばん消費してきたところで処分する」
ということの可能性ぐらいは模索してもらわないと
何だかやりきれない気持ちがある。


原子力発電所が必要で安全を強調するならば
全国の主要都市のどまんなかにあればいい、
とはずっと思っていた。

「こんなことなら原子力発電は最初からやるべきではなかった」
と、誰でも思うようになったことが唯一の学びの成果であろうか。
大きな後悔だけが現段階での結論か。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2012-12-09 04:15 | 草評


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