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2013年 02月 23日

草仏教掲示板(50) ワンガリ・マータイ(Wangari Muta Maathai)さんの言葉

b0061413_09231.jpg マータイさんは2011年の9月25日にお亡くなりになられた。東日本大震災の報道、原子力発電所の大事故をどのように受け止められていたのだろうか。ノーベル平和賞の受賞者であり「もったいない」という日本語を世界に広めてくれた人としても知られているが、今の日本人として果たしてマータイさんに「MOTTAINAI、もったいない」という言葉を教えた国の一人として誇らしい気持ちになるかどうか?どちらかと言えば、その資格があるかどうか?という疑問に変わっていく。 最近「持続可能な社会」などという場合の「持続可能」という言葉をよく耳にしたり目にする機会が増えたような気がしているが、この「持続可能」という言葉も、最初に言い出したのがマータイさんだったかどうかは別にして「持続可能な開発(Sustainable Development)」などの提唱でマータイさんが世界に広めた言葉であり概念であると考えている。デベロップメントというと、受験生時代の悪いクセですぐに「開発」と言ってしまうけれども、持続可能な範囲で未来に向い進んでいくというか、歩んでいくという(進歩?)というニュアンスも多分に含まれていると思う。多分。 北京という都市がある。28年前に一週間滞在したことがある愛着があるところだ。今、テレビ報道では特に大気汚染が顕著な日の映像を見せられていることもあるれども、酷い状態だ。シャラポア(妻・日本人)に「俺がもしもサラリーマンで北京に転勤になったらどうする?」と尋ねた。「単身赴任」という答えが返ってくると思ったら「会社を辞めてもらう」と言った。ただ、子どもの頃の公害報道を思い出し、時々、光化学スモッグなど実際にそれを移動中などに体感した経験でいえば、40年前の日本も近い状態にあった。その時代から比べると日本はずいぶんときれいになったように思う。確かに自動車の排ガス規制は厳しくなり、いろんな分野でいろんな努力が行われてきたが、実際のところ工場などの生産拠点が中国をはじめ諸外国に行ったということであると思う。最後に、どうしても書かなければならない。ほんの数年前まで世界的な環境団体のいくつかが原子力発電を容認するだけではなく推進さえもする発言をしていて耳を疑ったのであるが、やはりそれは間違っていた。原子力発電は、持続可能ではなかった。東本願寺は御影堂の大修復を終えて阿弥陀堂の大修復に着手しているが、法人で山を買って100年後の修復のために、あるいは100年後の再建のために木を植えよう!

文 マーヒー加藤
書 シャラポア
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by kaneniwa | 2013-02-23 23:09 | 草仏教


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