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2013年 05月 13日

ワグネル先生と合気道と強盗とお仏飯

b0061413_11124524.jpg ブラジルのサンパウロを拠点にしながらブラジル各地、時にはアルゼンチンやパラグアイにも出かけていた頃の日記を読むと我ながら激烈である。「昨夜はすぐ近くの交差点で激しい銃撃戦があったみたいで銃声が気になったけれど疲れていたので寝た」というようなことがサラッと書いてある。ただ、1991年の8月4日(日曜日)の出来事は「お仏飯」の思い出と共にいつまでも忘れることができない。この日は午前7時に晨朝(朝の礼拝)をするとカフェを飲み、午前中は数日後からのフォス・ド・イグアス(あのイグアスの滝のある町)付近を巡回していくお盆法要の打ち合わせをしていた。午後からNさんという人の13回忌法要を私が勤めている。参列者は40人とメモにある。その法要を私が担当して勤め終わり、ブラジル別院南米本願寺の事務所で衣に五条袈裟という法要の正装のままでワープロを打っている最中に見知らぬ男がドアを開けて事務所に飛び込んできた。電気工事の職人が不具合を確認しに来るということを聞いていたので「随分と落ち着きのない男が来たなぁ」とは思いつつ「ボア・タージ!」と私は挨拶し、その挨拶の返事がないことも気にせずに(後から呑気な大物だなぁと言われつつ)ワープロを打っていた。その数秒後、ワープロに向かう事務椅子に座っていた私の目の前に同僚のワグネル先生が飛び込んで来て、私の目の前で捕物帳が始まった。リオデジャネイロで日本の武道に魅せられ合気道六段でグレイシー流のブラジリアン柔術にも精通しているワグネル・ブロンゼリ先生は、その男を見事に投げて手首をとって取り押さえた。その男は強盗の二人組のうちの一人で、追われて逃げ場を失って、その時には私一人しか居なかった南米本願寺の事務所に逃げこんで来たのだ。ワークパンツのなかにはけっこう刃渡りが大きなナイフを持っており、ワグネル先生がその時もしも居なかったら私は二度とワープロなど打てない身になっていた可能性がある。

b0061413_11131255.jpg そのことだけでも充分に忘れらない一日であるのだが、190番(ブラジルでの警察への緊急連絡電話番号)に電話をかけて警察が到着するまでのわずか数分間に、私が奇跡のように今でも感じる出来事があった。カワバタさんという日系人で日曜日には法事への参列者にコーヒーなどを振る舞うボランティアに来てくださっていたおばちゃんが、ご本尊へのお供えのお仏飯でおにぎりを作っていたのだ。さらに何たる手際の良さか、法事のお供えものであるサンドイッチとお菓子を紙の箱に詰めていた。そしてワグネル先生に取り押さえられつつ「警察を呼ばないでくれ!」と泣き叫びながら乞う強盗犯に面と向かって、まるで悪いことをした幼い息子を叱りつつ優しくなだめるような母親の声で諭しつつ、お仏飯おにぎりを含むお供え物セットを差し出したのだ。強盗犯は、それからおとなしくなった。やって来た警察官の名前はフェルナンデス。(こういうこともメモしているのは我ながら几帳面ナンデス。)私にも事情聴取があってドキドキしながら応じた思い出がある。カッコは依然として五条袈裟に衣のまま。強盗犯には手錠がかけられたが、お供えセットは大切そうに持ったままだった。そのままパトカーに乗って連行されていったのだが、パトカーに乗る寸前に強盗犯は振り向いて「オブリガード!」(ありがとう)を3回言った。サンパウロは夕焼けが美しい大都会であるが、この日の夕焼けはいちだんとグラデーションが鮮烈で、それがパトカーの黒と白の色とともに目の奥に焼き付いている。


マーヒー加藤

※ 第11回世界同朋大会(東本願寺と京都リーガロイヤルホテルで先週開催)
  の晩餐会で合気道の実演を見せてくれたワグネル先生を見て
  ついつい思い出したことを書いた。
  ワグネル先生はまたいちだんと巨大化してしまったが、
  相変わらずの凄腕。
  同行して来日されていて私とは初対面だった奥さんはスレンダー美人でした。 
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by kaneniwa | 2013-05-13 12:35 | 雑草


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