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2013年 05月 23日

草仏教掲示板(53) 人が死んだ後に残るものは集めたものではなく与えたもの

b0061413_23363834.jpg 人が死んだ後に残るものは集めたものではなく与えたもの (ジェラール・シャンデリの言葉) この言葉はfacebookから採らせてもらったものだ。昨年あたりからfacebookやTwitterから掲示伝道の言葉をいただくこともよくある。ところが、このジェラール・シャンデリという人のことがよくわからない。私と同じくジェラール・シャンデリについて調べようとしている人がけっこういらっしゃるということだけがわかった。かろうじて分かったことを書けば、作家の三浦綾子さんの著作である『続・氷点』(角川文庫)の中に、ジェラール・シャンドリの言葉としてこの言葉が引用されており、それはフェデリコ・バルバロ著の『三分の黙想』(ドン・ボスコ社)という本に出ていて、そこからの孫引きであるとのことだ。フェデリコ・バルバロ(Federico Barbaro, 1913年 - 1996年)はイタリアの聖書学者である。とにかく、ジェラール・シャンデリについてはわからないことだらけであるが、この言葉を掲げさせていただいている。棺桶にご生前に愛聴されていたCDを入れようとされるご遺族がいらっしゃり「それは高温で焼くと粉々になってご遺骨と混ざってしまうので入れられません」と言われ、悲しそうな顔をしていらっしゃるところに立ち会うということがあって、そんな時は「燃やしたと思って私にくださいませんか」なんて言うことがある。そんな経緯で私のもとにやってきた奇妙なコレクションも、おそらく残っていかないのだろう。 東京の神保町の古本屋などで、前回に来た時には「あんまり本が充実していないなぁ」と感じたのに久しぶりに訪ねると非常にセットものが充実しているというようなことがある。…どなたかお亡くなりになったのだな…とそこで察するということもある。そんなわけで、最近、私は自分が金を出して買った新品のものでも「これは授かりものである」と考えるようにしている。

マーヒー加藤 文
シャラポア(日本人) 書
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by kaneniwa | 2013-05-23 23:55 | 草仏教


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