2013年 05月 31日

投票率50%未満で平和憲法が維持されるという悪夢

最近の子どもに「未来の風景を描いてみてください」というと、
森のなかに家が立ち並んでいるというように緑の色を基調とした絵が多いという。
私が子どもの頃は1970年に大阪万博があったこともあり、
子どもながらに考える近代的な建物と乗り物を中心に描いていて
森とか海とか山とか川はあんまり描き込まなかったように思う。
何となくであるけれど、親世代から語られている知識のせいも確かにあるだろうけれど、
子ども自身が「緑がないと私たちに未来はない」と潜在的にも考えているような気もする。

もう5日前のニュースとなってしまうが、
東京都小平市で26日に都道建設計画を見直すべきかどうかを問う
東京都内初の住民投票が行われたが、
投票率は35.17%で、50%に達しなかったために市条例により不成立となった。
住民投票の当日有権者数14万5024人のうち5万1010人が投票したが
50%に満たなかったために開票されないという。
(ただし開票すべきであるという声も上がっている)

投票は、約50年前の昭和38年に都市計画決定された都道整備計画のうち、
小平市内を通る約1.4キロの区間について
「住民参加により見直す」か「見直しは必要ないとするか」のどちらかを選ぶ内容だった。

「見直しは必要ない」とする勢力は投票率が50%を越えないように
戦略的に棄権したのではないか?ということが
テレビのコメンテーターなどによって語られていたが、
私はそうではないと思う。
なぜなら小平市の小林正則市長が選ばれた時の市長選挙の投票率が
37%とちょっとしかなかったというではないか。
小平市には知り合いもいて申し訳ない意見であるけれども
市長選挙にしても今回の住民投票にしてもとても総意とは言えない。

論議の対象が原子力発電所であるか道路計画と森(雑木林)との
関係であるかの違いは確かに大きいけれども、新潟県の巻町(現在は新潟市)が
1996年の8月4日に 原発建設の是非を問う住民投票(反対派が圧勝)の
投票率は88%を越えていた。
是非を問う住民間の軋轢などの問題は確実にあったけれども
この投票結果がなければ新潟県内に柏崎刈羽以外にも
原子力発電所が出来ていた可能性が高かったのだ。

さて今回の小平市の投票結果、特にその有権者投票率を見て
憲法改正についての最悪のシナリオを思い浮かべてしまった。

衆参両院で三分の二以上の賛成をもって憲法改正の発議ができる。(憲法96条)
この三分の二以上というところのハードルを下げようという動きもあるけれども、
正々堂々とこの三分の二は維持すべきであると考える。
ただ憲法第九条を維持すべきであると考える人たちにとっても、
第一条から第百三条に至るまで「絶対に変えない」というのではなく、
他が改正されてもなおかつ九条はそのままであるということになって
それが平和憲法であるというポジティブな意義があると思う。

とにかく、憲法改正の発議がされると「国民の総意を問う」という手順に入る。
この国民投票については議論中でまだ決まっていなかったように思うが、
過半数という多数決は憲法の改正には軽すぎる(だから議員でも三分の二以上)ので
国民投票も66%以上の投票率があってしかるべきであると思う。
しかし、この66%という数字は昨今の衆議院選挙や参議院選挙の投票率を見れば
確実に上回るとは言い切れないような数字である。

仮に、国民投票が「全有権者の50%以上の投票率で有効」という、
憲法改正という重みを勘案しての最低限のラインになったとして
「それさえ下回ってしまう」という可能性があるように思う。
それこそ戦略的に
「国民投票を無効にするために棄権するか」
という人もいるかもしれない。

ただ、それでは世界はどう思うだろうか。
選挙権、投票権というものを獲得してきた歴史をもつ国々と、
現在、それを得ることを夢見ている国々は
「何という国があるの?」
と気持ち悪く思うだろう。
大事なことにどうでもいい国はどうでもいい国になっていくだろう。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-05-31 00:36 | 草評


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