2013年 07月 30日

名曲草鑑賞(39) The Water Is Wide

二つの岸があるとする。
たとえば此岸と彼岸、
生と死というように断絶しているように見える世界を船で結びたい
という思いが溢れ出るような歌である。

The Water Is Wide という曲を初めて耳にしたのは
カーラ・ボノフ(Karla Bonoff)の声によってであった。
1979年に出た『ささやく夜』(原題はRestless Nights)というアルバムの
A面の(生まれた時からCDやダウンロード世代には何のことやらわからないだろう)
最初に入っていた曲が『涙に染めて』(原題はTrouble Again)であり、
当時(リアルタイム世代なのだ)はそこそこヒットしたように思う。
そして友人からLPを借りてこの9曲入り(何だかちょうどいいという気がする)の
アルバムを堪能したことがあるのだがB面の最後の曲が
『悲しみの水辺』という邦題がついていた(邦題つけ放題っス)
The Water Is Wide であった。

それからずいぶん長い間、The Water Is Wideのことを私は忘れていた。
それから5年後に中古でギターを買った時に、そのハードケースに
この『ささやく夜』のジャケット写真のカーラ・ボノフのステッカーが貼ってあった、
という因縁は感じたが、楽曲自体は最初に耳にしてから35年近く忘れていた。

今年の春に近所のピザハウスで宮本はつ菜さんがこの曲をギター弾き語りで演じてくれた。
今年の夏に阿知波一道さんが
君の書いた詩がこの曲に合う
と言ってくださり、半信半疑であったが、
ギターを持って私一人のために弾き語りをしてくださって、その世界に驚きつつ感動した。

そういうわけで、曲の存在自体はうっすらっと知っていながらも
この数ヶ月間ずっとこの曲が頭のなかで鳴っていたということがあるなか、
つい最近の7月16日の午後4時55分頃にこの曲をしっかりと耳にした。
京都の河原町に向うために梅田駅から阪急電車に乗り込んで、
FMラジオも一応は付いているiPod nanoのスイッチを入れて
大阪のFM.COCOLOにチューニングを合わせた直後だった。
「水の都・大阪」としての何かのイベントがあり、
「水」をテーマにした曲が流れるなかの締めくくりとしてこの曲が流れていたようだ。
薄暮というにはまだ若い時間帯ながら、夕陽に照らされる阪急電車の車内を
「これもまた船なのだ」
とじんわりと思わせてくれた力があった。

二つの岸、たとえば此岸と彼岸、
生と死というように断絶しているように見える世界を船で結びたい、
その思いが溢れ出るような歌である。

後追いで調べてわかったのだが
この曲は元々ケルト地方の伝承曲(アイルランド民謡)で作者不詳。
ただ、イギリス民謡という説もある。

私はリアルタイムでは知らないがピーター・ポール&マリーが
「There is a ship」
という曲名で発表して広く知られるようになったらしい。
1960年代のことで私はリアルタイムでは知らない。

ボブ・ディラン、ヘイリー、シャルロット・チャーチ、
白鳥英美子、藤田恵美、ルクプル、竹内まりやなど
さまざまなアーティストによってレコーディングされ
「TOXIC Audio」というアメリカのアカペラ・グループのバージョンが
トヨタのCMでも使われたこともあるそうだ。

私としてはやはりカーラ・ボノフ。
歌の後半にコーラスを添えているのは
何とジェームス・テイラー(James Taylor)と
ジョン・デヴィッド・サウザー(John David Souther)であるらしい。


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by kaneniwa | 2013-07-30 07:58 | 草評


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