2013年 08月 09日

7月26日のラジオの子供電話相談室と8月6日のNHKスペシャル

ラジオとテレビ、どちらもNHKであるがまずはラジオの方。

7月26日のお昼近くの午前中、送り迎えをしてもらっている車のなかで
NHKの高校野球中継が始まるまでの夏休み中の恒例、
ラジオの子供電話相談室の放送が流れていた。

子供「原子爆弾が投下された広島・長崎の放射能はまだあるのですか?
   福島の放射能は体に影響がまだあるんですか?」


という質問が子ども(記憶はあやふやだが小学校の高学年のしっかりした口調であった)
から発せられた時点で、実は車は目的地にすでについていた。
人を待たせるということはよくないことであるが
「すみません、今のこの質問は私の長年の疑問なんです、回答を聞かせてください」
と5分以上の時間、目的地についてエンジンをかけたまま聞き耳を立てさせてもらった。
その状況であるのでメモなどもできず、何という方が回答したかもわからないが
回答の要旨は

回答者 「原爆の投下から68年が経過しており広島・長崎に放射能は残っていません。
     ただ、原爆投下後の黒い雨と言われるものをを浴びてしまった人たちのなかに、
     いまも体に影響が残っている人がいます。
     福島でみんなが普通に暮らせるまでに、あと165年かかると試算しています。
     福島でも放射能の高いところと低いところがあります。」


というものであったと記憶している。
実際に質問者(子ども)が投げかけてくれた問いは私の長年の疑問であった。
私の母親が長崎県の佐世保市の出身であり、長崎市も訪れたことがある。
長崎に投下された原子爆弾はプルトニウム型であり、
プルトニウムの害の半減期は諸説あるが概ね2万年とか3万年とか言われている。
そのプルトニウムはどこへ行ったのか?
これは素朴にずっと持っていった疑問であった。
回答者が「広島・長崎に放射能は残っていません」と言われた根拠が
もう少し知りたいとは思ったが、ラジオ放送では私の聴いた限りではそれ以上の言及はなかった。
ただ、福島第一原発事故の後から全国各地の大気中の放射線量が計測されたものが新聞などに
載るようになったが、確かに長崎や広島の放射線量が大きいということもまったくなかった。

そして8月6日の午後7時30分から
今度はテレビで『NHKスペシャル 終わりなき被爆との闘い ~被爆者と医師の68年~』
を見ることになった。
原爆投下から68年を経過してなお被爆者の間で
「第2の白血病」と呼ばれる病気で亡くなる人が増えているというドキュメントである。
原子爆弾が爆発した時放出された放射線によってつけられた遺伝子の傷が、
今になって発病に至ったと考えられる。
遺伝子に原爆投下の瞬間からいくつもの「時限爆弾」が埋め込まれ、
それが次々と爆発するように発病していることが
長年の研究でわかってきたという趣旨の番組であった。

ラジオ(子供電話相談室)の方の話に戻って、子どもに間違ったことを教えてはならない
ということから
「いまも体に影響が残っている人がいます」
という言葉が置かれたと思うのだけれども、さらに正確には
「68年の歳月を経てもさらにこれからその影響が出てくる人がいるのです」
ということである。
限られた時間ということと、子どもにも分かる表現をもって口頭で回答するという
かなり難しい制約はあるものの、回答者の
「福島でみんなが普通に暮らせるまでに、あと165年かかる」
という試算の根拠についても、私の理解力でわかるのかわからないのかは別として
言及して欲しかったという思いがまだ残っている。
わからないことはわからないので、仮にその試算が正しいことであるとする。
165年。
バルセロナのサグラダファミリアもアントニオ・ガウディの指示に忠実にゆっくり作って完成し、
2011年に750回忌を勤めた親鸞聖人の900回忌が終わった頃になって、
ようやく避難されている方々が戻って普通に暮らせるようになるのか。
一世代30年として、5世代以上を経てようやく帰ることができるのか。
もしかしたら、その165年さえ楽観的な方である可能性というものもある。

マーヒー加藤
[PR]

by kaneniwa | 2013-08-09 00:01 | 草評


<< 『歎異抄』って親鸞と唯円との本...      クーラーをつけてくつろぐ人とク... >>