2013年 10月 07日

「半沢ロス症候群」のために 『半沢直樹』のなかの『東京物語』

「あまロス症候群」というものが、もう新聞等でも普通に使われるほど一般用語にさえなっている。
NHKの連続テレビ小説はその『あまちゃん』が終わったあとで通常の路線に戻った感じで、
私の家では「また朝や昼の再放送でNHKの連続テレビ小説を見なくなった」という
その生活に戻っただけである。
むしろ、後を受ける『ごちそうさん』(実は1回も見ていないのだが…)の
第一回目の放送の視聴率は悪くなかったどころかかなり良かったそうで、
『あまちゃん』によってひっぱられたり、
あるいは連続テレビ小説を見るようになったライフスタイルが定着した人も少なからずいて、
それはNHK側からすればいい意味での余韻が残っているというべきである。

むしろ、来週の日曜日からスタートの後番組が『安堂ロイド~A.I. knows LOVE?~』
という木村拓哉主演
(ということはファンの方々には申し訳ないけれども最初にキャスティングありきだ)
のドラマが放映されていくことによって
「ああ、前の半沢直樹とくらべてしまうと…」
という「半沢ロス症候群」というべきものが、これから出てくる予感がする。
特にスポンサーとの兼ね合いで民放がいちばん気にする視聴率にしても
「視聴率の倍減らしだ!」
「いや、ヘタすれば10倍減らしだ!」
という声が聞こえてきそうなのだ。
悪いことばかりではないと思う。
まずいい原作があってそれにいい脚本がつき、
そしてその世界を具現化するためのいいキャスティングがあるという
昭和の時代ならごく当たり前の作り方がされるということになれば、
最初に視聴率を狙うためのキャスティングありきのドラマを駆逐して
まだまだテレビドラマは家族で楽しむ娯楽の一翼であり続けるということが
証明されるということになり得ると思う。

さて、『あまちゃん』の最終回で中学3年生の長女が
「主人公のアキちゃんが最終回で初めてタイトルバックと同じ服装をしている!」
と指摘して、それに気がつかなかった私とシャラポア(妻・日本人)を唸らせた。
さすが服装に目がいく年頃!
しかし、気がつかなかったものの、最終回で初めてタイトルバックと同じ服装であったことで、
トンネルを駆け抜ける映像が見慣れたタイトルバックとの呼応によって
いつまでも記憶に残るものとして植え付けられたという効果は抜群だったように思う。

そういうような細かいところに目を向けると、
『半沢直樹』の最終回で大和田常務(俳優は香川照之)が
自宅の大型テレビで映画を鑑賞している時に、
そこに写っているものが小津安二郎監督の『東京物語』の
18分18秒目ぐらいのシーンであったということは
これはかなり重要なアイテムとして機能していたように思う。
これを鑑賞中に妻から
「ミラノに買付けに行くから100万円ほど用意しておいてね」
と声をかけられて、香川照之は職業的俳優として顔の筋肉の細部まで自由になるのでは?と
思わせてくれるほど苦虫を噛み潰したような表情を見せてくれた。
そういうシーンだった。

ご自宅に月忌参りというものに行くと、そういうおじいちゃんをたまに見かけるのだ。
アナログテレビ絶滅後の大型で薄型のデジタルテレビで
『水戸黄門』(あ、これもTBSだなぁ)の再放送とDVDでモノクロ映画だけを見る。
ただ、大和田常務は初老までもいっていないメガバンクの常務という設定だ。
その大和田常務のキャラ設定に 『東京物語』を鑑賞するような人物、
という項目が短いシーンながら入っているという作り込みは
これはわざわざ『東京物語』の映像使用許諾までとってきた努力が光っていたように思う。
メガバンクの出世サイボーグのなかの血と涙を想像させうるシーンだったように思う。

結論のようなものにするには脈絡がないけれども
笑福亭鶴瓶が脇役として登場するものは当たり!
という自分のなかの法則のようなものも発見した『半沢直樹』であった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-10-07 23:53 | 草評


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