2013年 12月 19日

リテラシー( literacy)とは「ツッコミ力」らしいー

リテラシー( literacy)とは「ツッコミ力(りょく)」と覚えたり。
そう感得して検索をおこなったところ、
パオロ・マッツァリーノというイタリア人らしき男が2006年に
その名もズバリ『ツッコミ力』という本をちくま新書から出していた。
その流れで、このパオロ・マッツァリーノという自称・反社会学者の
「反社会学講座ブログ」というものを読んでいるのだが、
経歴からして「父親は九州男児で国際スパイ、母親はナポリの花売りだった」
というところから、反社会的すぎて何だかよく素性がわからない。
もしかして、イザヤ・ベンダサンのような存在なのだろうか?

とにかく、リテラシーは日本語では元来「識字」と訳されてきた用語である。
英語では 文字(letter)という言葉から派生させる形でliteracyとなったとか。

それが、たとえば「会計リテラシー」のように、
何らかの記述体系で表記された情報を理解し、整理し、活用する能力を指す言葉となった。
現在、『現代用語の基礎知識』にのるような言葉としては
(そういえば年末になってもイミダスも知恵蔵も書店で見かけなくなったなぁ)
圧倒的に「メディア・リテラシー」として使われている。
メディアといってもテレビ、新聞、ラジオの3つが主流だった頃から
今は主流となったネットなどから押し寄せてくる情報を
ただ垂れ流したり無用にストックしておくだけでなく
いかに理解し、いかに整理し、いかに活用させるかということが重要になっているのだろう。

そのことを自分のなかで極力シンプルに定義するなら
「ツッコミを入れられる力があるかどうか」
ということに、ちょっと無理やりながら集約できるように思う。

んなアホな!
なんでやねん!
そりゃないやろ!
やめなさいってば!

どうしてもツッコミの本場(もしくは本家)の関西の言葉が多くなってしまったので
最後にビートきよしの決まり文句をとってつけたけれども、
与えられる情報に対してこの視点がもてるのかどうかがリテラシーであると感じる。

何度も書くけれども今年の日本シリーズのテレビ観戦は実に楽しかった。
それは、ゲーム内容も特に楽天を応援している側にとってドラマチックに展開したこともあるが、
私が巨人選手の一挙手一投足にツッコミを入れつつ、それがけっこう家族にウケつつ観戦した
というようなことがある。
しかし考えたら、ドリフターズ、プロレス、ドラマ、などなど昔からマンネリであったものに
ツッコミを入れる親などの姿から私もそうやってツッコミの視点を教わってきたのだ。

あらためて、高い次元からテレビを中心としたメディアを俯瞰して
鋭すぎるツッコミを世の中にぶち込んできたナンシー関を失ったことを残念だと思うのであった。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2013-12-19 01:14 | 草評


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