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2014年 02月 10日

雑記 2月上旬

シャラポア(妻・日本人)と二人でテレビ朝日の『科捜研の女』を見ていた。
犯人は女性バイオリニストで、凶器はメトロノームだった。
私が
「メトロノームで人を殺めてしまっては人生のテンポが乱れるぞ」
と言うとシャラポアは
「そのセリフ、きっと土門(内藤剛志)とマリコ(沢口靖子)が
 最後に京都タワーが見える建物の屋上か鴨川沿いを二人で歩きながらきっと言う!」
と断言したが、京都タワーが見えるビルの屋上でそういう言葉はなくドラマは終わった。
「マヒにゃんが脚本書いた方が絶対にいい」
とシャラポアは言った。
些細な日常のなかで、私はこうしてシャラポアにほめられた時がたまらなく嬉しい。

ソチ五輪、女子モーグルでの上村愛子選手の素晴らしい決勝での素晴らしい滑りを見た。
18歳の頃から上村愛子選手を見てきた(正直言って主に4年に1回の集中観戦)が、
これほど長年の競技生活の証としてメダルを上げたいと日本人を中心に多くの人々が
思った選手はいないのではないだろうか。
人のミスを喜ぶというのは卑しい心には違いないけれども
最終滑走者の競技前まで3位につけていて
銅メダル獲得の可能性を残した上で、そのハナ・カーニー(米国)が
2回は大きくバランスを失ったのを見て
「やったぁ!愛子ちゃん、一段づつ上り詰めてとうとうメダル獲得さぁ!」
と確信したが、タイムでも滑走の美しさでも圧倒していたはずなのに
エア(ジャンプ)の難易度の違いなのか、まさかの4位。
専門的な採点基準などはわかならいけれども、いまだに納得できん。
納得できないのに、本人の美しき納得の笑顔に接して
「ああ、お前の笑顔が金メダルの輝きだよ!」
とついついテレビに向かって言ってしまう。
シャラポアが、結婚10周年の時に
「ダイヤモンド、欲しいなぁ」
とポツリと言った時に
「何を言っているんだ!お前がダイヤモンドじゃないか!」
と言って有耶無耶にしたことを思い出した。
新潟県内と違って全国中継のテレビにはたまにしか出ないけれども
上村愛子選手の夫である皆川賢太郎選手も実にいい男である。
五輪のアルペン競技で同じく僅差の4位となった経験ももつ。
その皆川賢太郎選手がとびきりの笑顔で全国中継のテレビに出ていた。
文句も言いたい立場であるだろうに、納得の表情だった。
上村愛子選手が競技を再開して5度目のオリンピックに出場することになったきっかけも
皆川賢太郎選手とモーグルのコブ斜面をプライベートでいっしょに滑った時の
「やっぱ上手いなぁ!」
のひと言だったという。
ほめられるということ、自分が認められたい人に認められるということは
やっぱエネルギーを湧き上がらせてくれるんだなぁ。
んで、冒頭の「科捜研の女」につながる。

東京都知事選の街頭演説に立っていた小泉純一郎さんのダウンジャケットが
青のユニクロからうぐいす色のモンベルに変わっていた。
推測だけれども、舛添要一の選挙チームが青のジャンパーで統一していたので、
街頭演説で鉢合わせした時に小泉純一郎さんは青から別の色にすることにして、
ついでに誰からのアドバイスかはわからないけれどもより機能的なモンベルにしたのだと思う。
細川護煕さんは数日前まではパタゴニアの黒のダウンジャケットを着ていて、何となくだが
「やっぱり殿様が選ぶダウンジャケットだなぁ」
と感じていたが、最終日の街頭演説では、色は同じく黒ながらファーストダウンという、
昔懐かしいリバティベルの系統のダウンジャケットに変わっていた。
スーツのブランドなんかはまったくわからないのに、
こういうところだけは目がいってしまう。
そういうどうでもいい情報はさておいて、
宇都宮さんと細川さんの得票を足すと、舛添さんの得票に拮抗した数字になる。
本気で原子力発電を第一の争点として対抗を一本化したならば…
と、今から考えても仕方ないことをどうしても考えてしまう。
今は東京都に住民票がないので、これも外野からの意見となってしまうが
積雪などの悪条件はあったにしても投票率が50%を下回ってしまったのは残念だ。
国政選挙における「一票の格差」については地方に住んでいつつも問題であると思っているが、
有権者の半数以上が投票しないのであれば、この大事な問題も
「そんならどうでもいいんじゃないの?」
と、ついつい思ってしまう。
東京都知事選の範囲は小笠原諸島の父島や母島までも含まれるたいへんな広範囲であり、
それを実施する費用も莫大なものとなる。
フランス革命においてはディドロとダランベールが『百科全書』を編纂し、
大衆が「知識を得る」「事実をもとに考える」ということが起こって
近代の民主主義を確立していった上での大きな下地となっていったと思う。
今の情報化社会の情報は「こんな感じか」ということは伝えてくれるが、
自らの思考と判断と行動を停止させているのではないか?なーんて根本的なことを感じた。

土曜日の東京での降雪と翌日の投票日までの積雪。
寒さに加えて多くの人が室内に居てソチ五輪のテレビ中継と知事選の速報があり、
先週末の東京都は史上まれにみる電力消費のピークがあったようだ。
首都圏で頻繁に起こったという停電も、もしかしたらではあるけれども
単純に「雪の仕業」だけで片付けていいのだろうか?

このブログ自体も電気がなければ読んではもらえないものであり、
電力が行き渡らないところでは「現代の百科全書」たるネットも使えず
情報交換もしにくいところから民主主義は育ちにくい。
それも含めて、世界最大級の電力依存都市として
東京都知事選は電力がいちばんの争点になっても良かったはずであるとは思う。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-10 16:27 | 雑草


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