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2014年 02月 24日

オリンピックはすべての種目にエキシビションをやってはどうか?

7競技98種目を終えて閉幕したソチ冬季五輪であったが、
フィギュアスケートのエキシビション(Exhibition、公開実演)がもっとも素晴らしかった。

チャップリンの『スマイル』という曲に合わせて
(声はナット・キング・コールで歌詞はサッチモの"What a Wonderful World"だったような…)
の浅田真央(今回のブログ記事は「選手」という号をつけない)の演技は、
その映像のどこをとりあげても絵になる、ポスターになる、グラビアになる。
もうメダルだとか順位だとかジャンプの成功だの失敗だのどうでもよく、
「エキシビションというその場に浅田真央はやっぱり欠かせない」
という存在感を見せてくれたことに価値があった。

高橋大輔のアルゼンチン・タンゴ(よくわからないがピアソラかな?)に
のっての素晴らしい演技で、解説の八木沼純子が
「う、上手い!」
と思わず声に出した。
そのひと言で逆にエキシビションではない競技の方の解説が、
「トリプルアクセル!サルコウ!ダブルトゥループ!」などと
4年に1回は新聞記事などで確認するが、未だに違いがわからない技の名前を
叫ばれるよりも、実は、この「う、上手い!」というような声をずっと望んでいたのだと思う。
なぜ高橋大輔のステップが世界一美しいと言われるのか、
それを技術的な解説をどれだけ積み重ねられてもピンと来ないのであるが、
八木沼純子ほどの人が思わず放送で口に出る
「う、上手い!」
のひと声だけで、素人でも鑑賞者としては感じてくるものが
非常に高度な技術に裏付けされているということをむしろ確実に認識できた。

先日、羽生結弦選手のフリー演技にBEGINの「島人ぬ宝」をBGMにするととても感動したり、
あるいはじぇにー姐さんのすすめでショートプログラムの演技にジョニー・サンダーの歌声を
かぶせてみると非常に良かったりする理由のひとつに、得点のための技術解説や
アナウンスは聞こえてこない方がいいということがあったと思う。

スペインのハビエル・フェルナンデス・ロペスは競技でもコミカルな動きの要素があって
エキシビションでも期待していたのであるが、もう期待以上というか
オリビア・ニュートン・ジョンの『フィジカル』にはじまる80年代王道ディスコメドレーに
のせてのエキササイズをスーパー忘年会におけるスーパー宴会部長のスーパー芸のように
演じ、特に三回転ジャンプをわざと失敗してわざと転倒し、水をかけられてよみがえるという
一連の動きは、身体能力が高かった時代にカラダをはって笑いをとりにいった
ドリフにもとんねるずにもできない芸であった。

町田樹はクイーンの「ドント・ストップ・ミー・ナウ」に合わせて
フレディ・マーキュリーへのリスペクトをこめたエアギターを披露してくれた。
ダイノジ(お笑い芸人コンビ)の大地(おおち)がフィンランドで行われた
エアギターの世界大会でグランプリをとった演技も素晴らしかったが、
それとはまた異次元の氷の上で疾走しつつのエアギターは
世界のロックファン、ことに生前はステージ上でエアギターを披露していた
フレディ・マーキュリーのファンは喝采を上げたと思う。

銀メダリスト、パトリック・チャンの英語とロシア語によるあいさつも良かった。
ロシア語はスパシーバ(ありがとう)しかわからなかったが、
普段は競技で争っているが、こうしてスケートを愛する仲間であるということを
述べた。
この「ノーサイド感覚」というものが近代オリンピックでも希薄になってきていて、
さらには残念なことにパラリンピックもメダルや順位争いが主流となっている気がする。

冬も夏も、競技の終了の数日後に、こうしたエキシビションを設けたらいいのではないだろうか。
メダリストになるということも競技の普及につながる目標となるものであるが、
オリンピックの華としてエキシビションに推薦されることが目標となってもいい。

レスリングなどは大相撲の「初っ切り」
(コミカルな舞台的取り組みをすることによって観衆に反則など相撲のルールを教える)
にあたるものをエキシビションでやったら見たいと思う。
大相撲では横綱や大関が「初っ切り」を演じることはないけれども、
それはそれで福祉大相撲の場でも巡業でもいいから見てみたいものである。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-02-24 10:45 | 草評


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