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2014年 03月 11日

2011年3月12日の空

b0061413_23354187.jpg 3年前の今日の日付のことを思い出そうとしていた。主にこのブログのためであるけれどもRICOHのコンパクトカメラだけを使っていて日常の写真を撮っていたが、3月9日付けで茶碗蒸しの写真を撮ってからしばらく写真を撮っていないようだった。2011年の冬は厳しかった。一週間語後のお彼岸のために墓地に残っている雪を片付けていたと思う。昼ごはんを食べた後もその作業を続け、ちょっとひと休みをしていた。地震発生時刻は14時46分18秒というけれども、飼っていたインコが鳥カゴのなかで激しく羽をぶつけながら今までにない騒ぎ方をしていたのが異変の最初であった。それからしばらくしてから緊急地震速報が鳴ったと思う。私の住むところでは震度5の手前ぐらいだったと思うのだが3分以上の揺れがずっと続いた不気味さは初めてであった。正直言って「中越地震や中越沖地震のように、また新潟県のどこかが震源地なのか?」と思った。しかしラジオとテレビから震源地は太平洋であると知らされ自分が感じた揺れに比して震源地が遠いことでかえって「大変なことが起こる」という予感だけがした。

b0061413_23355878.jpg それからブログ用ということもあって一日に一枚ぐらいは撮っていた写真は途切れていて、3月の24日になって長女が中学の入学式に合わせて制服を試着した写真を撮るまで、ほとんどそれまでの期間に写真の撮影はない。ただ、ふと見てみると、自分のなかでの記憶も曖昧であるけれども、震災の日の翌日の3月12日の17時59分という、ほとんど午後6時頃の空の写真を2枚撮っていた。自分でもよく記憶していない。「奇妙な雲がある」ということとほとんど撮っていない時期だったがカメラは持っていたということでほぼ無意識的にシャッターを切ったようだ。震源周辺から発生する電磁波が雲の生成に影響を与えた形での地震雲というものなのか?あるいは近くの自衛隊駐屯地(新発田市)から東北へ飛び立っていった自衛隊機のひこうき雲なのか?あるいはひこうき雲というよりはそれまであまり使われることがなかった輸送機などからのケム・トレイル (chem trail) というものなのか?私にはよくわからない。よくわからないどころか、この写真を撮ったこと自体さえ覚えていない。ただ、なぜか残っているこのよくわからない空模様が、その時の私の心模様となっている気もしている。


マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-03-11 00:37 | 草評


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