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2014年 03月 18日

イメージ黙読で、ジャパネットたかたの高田社長の声を聞く(3)

というわけで、
「もしもジャパネットたかたの高田社長が三帰依文を音読したら、どこにいちばん力が入るか?」
という問題(別にクイズではないけれども…)であるが、
私はおそらく
百千万劫(ごう)にも遭遇(あいあ)うこと難し
の部分にもっとも力を入れて声は甲高くなることに間違いはないとイメージしている。

まず、商魂という魂を込めて
「具体的な数字を語る時に力が入る」
という高田社長の習性についてはすでに言及した。

したがって、もしも高田社長が宮沢賢治の「雨ニモマケズ」を朗読したならば
いちばん力が入るのは
「一日に玄米四合」
の箇所である。

「三帰依文」の場合であれば、
「百千万劫」という時の長さをあらわす数字の恐ろしく大きすぎるスケールにしたがって、
その声は大きくなる。

さて、「百千万劫は一劫の百千万倍」ということとして、
この「劫」という単位はどんなものであろうか?

大乗仏教の論書である『大智度論』に出てくる説に基いて説明したい。
高さが20キロの巨大な固い岩でできた山がある。
つまりチョモランマ(エベレスト)の高さの軽く倍以上の高さで、固い。
そこに100年に1回だけ天女が舞い降りてくる。
その天女の超軽量の羽衣の先端が山の先端に触れるか触れないか、軽いタッチをして、
すぐに天女は天に舞い戻ってしまう。
それを繰り返しつつ、その巨大な固い岩が完全に擦り切れてしまう時間が「一劫」という時間。

どんなスーパーコンピューターをしても、客観的にカウントし得る数字に置き換えるには
「計算不能!」
という答えが待っているはずだ。
つまり、人間が想像できるものはすべて存在する可能性がある、とは想像しつつも、
これは人間の想像力の限界に近いような比喩である。
「一劫」でも果てしなく、「正信偈」に「五劫」と出てくればその5倍!
「三帰依文」には「百千万劫」と出てくる。

「29800円!」あたりを中心に、さまざまな数字を口にしてきた高田社長であるが、
そのスケール感が違いすぎるので、もはや初めて商魂という魂を離れた魂を傾けて、
「百千万劫!」を発音するかもしれない。
ただし
「千載一遇のチャンスですよ!」
ということについては高田社長は言い慣れているということも、
その箇所にもっとも力が入るであろうことをイメージする時の明確な根拠である。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-03-18 22:12 | 草評


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