2014年 03月 20日

絵文字についての考察

「あった!涙がとまらん!」
というシャラポア(妻・日本人)からの長女の高校合格を伝える短いメールには
とても感激をした。
感激しつつ、そして素直に娘の合格をじんわりと喜びつつ、
頭のどこかでまったく別なことを考えていた。

それは
「シャラポアから絵文字が入っていないメールを受け取るのは何年ぶりだろうか?」
ということであった。

シャラポアと私のガラケー(日本のガラパゴス携帯電話)のメール交換歴は長いが、
シャラポアから私へのメールには必ずといっていいほど絵文字が入っている。

時代はガラケーからスマートフォンを使う人が多くなってきていて、
そのスマートフォンを指でシュッシュしながら
「LINE」などで男女問わず「スタンプ」と言われる画像を貼り付ける時代であるようなことは
漠然とであるが把握しているつもりではあるけれども、
メールにおける絵文字の使用頻度の男女差は、これはどういうことだろう?
なんてことをシャラポアからの久しぶりの絵文字抜きのメールで考えた。

昔から
「なんで男同士の電話の通話は短くて、女同士だと長いのだろうか?」
という問題は考えたことはあった。
イメージにあるのは『はじめ人間ギャートルズ』的な世界であり、偏見もあるかもしれないが、
おそらく男は黙って狩りをしている間に女は洞穴で
「あっちの森のなかでイノシシを見かけた人がいるらしい」
などの有益な情報交換というものを果たすべき重要な役割として担ってきた。
そんな人類としての歴史的な伝統のようなものであると考えてきた。

そういうことからの関連で
「なんで男は絵文字をあまり使わず、女は多用するのか?」
という問題をついつい考えはじめたのであった。
男でも、たまに絵文字を多用する人はいることはいる。
男でも、長電話をする人はいることはいる。
でも、これも確かな確証はないけれども私はそこに
「男性のなかの女性的なもの」
を見る。

なぜ女は絵文字を多用するのか?
仮説をたてたいと思う。

それはね、そもそも象形文字を考えたのはね、男ではなくて女だったんだよ。
(誰の口調なんだ?)

という仮説である。
仮説というよりはヒラメキというか感触であってまだ説にはなっていない。
ちょっと無理をして説として展開をしていくならば、
『絵文字経典・トンパ経』
の存在がそう思わせてくれた。
つまり象形文字でできている経典というものがあるのだ。
しかも、チベット東部や雲南省北部に住む少数民族の一つナシ族に今も伝わる。
そして、このナシ族というものが今でも世界で唯一「生きた象形文字を使う民族」と言われる。
そのナシ族のナシ語の表記(トンパ文字)は、
異体字を除くと約1400の単字からなり語彙も豊富であるらしい。

ネットでの付け焼き刃学習をしてみると、そのトンパ文字で
「女」をあらわす文字は同時に「大きい」という意味であり、
「男」をあらわす文字は同時に「小さい」という意味である。
そして予想どおりというか、ナシ族は母系社会なのであった。

「洗練された象形文字」である漢字と、
スムーズに音を表現するためにそれを崩してひらがなが生まれ、
しかもひらがなの方は紀貫之なんかを除いて男はあまり使わずにきた日本の文学は、
紫式部や清少納言の平安時代から、平成時代の直木賞も芥川賞も受賞者はほとんど女性という
ところに至るまで、
「実は本来、文字を駆使するのは女性の能力であり、
 男の権力が異様に強い時代だけそれが発揮されにくかった」
のではないかとさえ思えてきた。

仮説の説としてもまとまらないなぁ。
ただの直感なのであるが、
「そもそも、文字の原型である象形文字を作ったのは女性である」
というヒラメキだけはあたためておきたい。

長い時を経て、そのヒラメキを実証してくれるような学者がこれから出てくれるかもしれない。
その学者が、男なのか女なのかは、わからない。

マーヒー加藤
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by kaneniwa | 2014-03-20 00:34 | 草評


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