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2014年 04月 18日

草仏教掲示板(66) 壇蜜の言葉

b0061413_18215526.jpg 「法語を発する人が僧侶とは限らない」ということが、浄土真宗の掲示伝道には特徴としてあると思う。それはたとえば「真宗教団連合カレンダー」を見てもそうである。僧侶ではない人を「在家」とひとくくりにしても、そこには安田理深(やすだりじん)先生のような大学者もいるし妙好人(みょうこうにん)という純朴な信心に生きた信徒の人々もいる。ただ僧侶ではない人の言葉を法語としていただくことも多いというところには浄土真宗の特徴のようなものがあると思っている。私はそのことに積極的すぎるのかもしれない。最近だけでもサントリー烏龍茶の広告文予備校講師の言葉長渕剛の反省文ハラダイスカウンターショーレディ・ガガの言葉などなどがあり、「たまには僧侶である人の言葉も出さなきゃなぁ」とさえ思うような状態になっている。そして、今月は 壇蜜(だんみつ) の言葉の掲示である。 壇蜜の存在をはじめて知ったのは新書で『マイ仏教』を世に問うた数年前の時期のみうらじゅん氏によってである。後に福山雅治、テリー伊藤、宮川大輔、 加藤浩次、 後藤輝基(フットボールアワー)、そして中居正広(SMAP)などのそうそうたるメンバーが壇蜜を絶賛して一気にブレイクしたのであるが、マスコミ関係者で最初に壇蜜の存在にスポットライトを当てたのはみうらじゅん氏ではないかと思っている。その強い推挙によって、確か『フライデー』であったと記憶しているが、実に久しぶりに袋とじグラビアが付いた雑誌を購入したのであった。久しぶりといえば、単なる飾り物になっていた「ペーパーナイフ」というシロモノを行使したのも久しぶりであった。本来、ペーパーナイフとは昔の袋とじの洋書のペーパーバックを読むための道具であるが、今の時代にその手の雑誌なかりせば何処にペーパーナイフの役割あらんや。でも、何だか袋とじを開ける時にドキドキしたなぁ。ヨハネの黙示録の七つの封印が解かれる時には人類は滅びると言われているそうだが、週刊誌の袋とじという封印を解いた時には自らが滅びるのではないか?というほどの緊張感さえもちつつ私はグラビアの壇蜜と初対面をした。それが、いつの間にかシャラポア(妻・日本人)さえも壇蜜のファンになっていくとは想像していなかった。まずは「壇蜜」という芸名にやられた。仏壇の壇に蜂蜜の蜜。それは『観無量寿経』のなかで牢屋に幽閉された頻婆娑羅王に面会に行った韋提希夫人が体に蜂蜜を塗って王に舐めさせたという、いわゆる「ハチミツぺろぺろ」のシーンを連想させた。その壇蜜のブレイク直前、もしくは直後という時期に「チューボーですよ!」という番組のゲストに登場して堺正章とともにベーコンチーズバーガーを作っていたのであるが、堺正章を軽くあしらう壇蜜を見ていてシャラポアが壇蜜のファンとなっていった。この言葉は、シャラポアが「しゃべくり007」という番組のなかで恋愛相談に答えて「若い時に傷ついておかないと、将来もっとしんどい状況におちいった時に自分自身を励ませなくなる。自分自身を励ませるのは、結局自分自身しかいないから。」という言葉に感銘を受けてのことである。 

マーヒー加藤(ブログ文) 
日本人シャラポア(書)
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by kaneniwa | 2014-04-18 09:07 | 草仏教


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